Quantcast
Channel: ぐるなび みんなのごはん
Viewing all articles
Browse latest Browse all 2459

海外の危険地帯では何を食べているのか?人気ジャーナリストに訊く「危険地帯メシ」【中川淳一郎の「今も飲んでいます」第11回】

$
0
0

f:id:g-gourmedia:20161129064333j:plain

我々は普段、平和な中、「うひゃっ、ウメー!」「口の中が牛とタレの騎馬戦や!」「これは海の宝石箱や!」などと実に呑気にメシを食う。しかしながら、平和にメシを食えるかどうかは分からず、しかも普段から慣れ親しんだもの以外を食べざるを得ない場所がある。それが世界の危険地帯である。

 

そこで、海外の危険地帯を取材することで知られ、『クレイジージャーニー』(TBS系)などでも人気のジャーナリスト・丸山ゴンザレスさんにズバリ「危険地帯のメシ」について話を聞いてきた。訪れたのは東京・東中野のアフガニスタン料理の名店「キャラヴァンサライ包」である。参加したのは、丸山さんに加え、丸山さんの友人でカメラマンの岸田浩和さん、そして前日私が福岡で会ったライターの若者・K君である。

 

「遅れてごめんなさい! どうもぉ、はじめまして~!」と13分遅刻した私が頭を下げると、巨漢の丸山さんに「なんじゃ、ワレ! ワシは危険地帯で死ぬか生きるかの世界で勝負しとったんじゃ! 貴様、1分1秒の差でタマ取られるかもしれんのじゃ! 気がたるんどる! 串焼きの刑にしてやる!」と怒られるかと思った。だが、「はじめましてぇ~。いやぁ、大丈夫ですよぉ~。ビール飲んでますんで、ガハハハ!」とにこやかに言われたので、あぁ、この人はこの笑顔で危険地帯を乗り切ってきたのだなぁ、とタフな男であるが故の優しさを感じたのでした。

 

f:id:g-gourmedia:20161129064411j:plain

▲丸山ゴンザレスさん

 

というわけで、さっそく乾杯をしたのですが、なんだかこのまん丸のお顔があまりにもかわいくて「あのぉ、キスをしてもよろしいでしょうか?」と聞いたら「どうぞどうぞ!」とまさかの快諾。というわけで、ウヒヒ、初ツーショットはキス写真だぜ。もしもこれが「杉浦太陽が辻希美の濃厚キス」なんてニュースだったらガッポガッポアクセス稼ぐだろうが、ワシらは杉浦太陽でも辻希美でもない。

 

f:id:g-gourmedia:20161129064434j:plain

▲乾杯!

 

f:id:g-gourmedia:20161129064457j:plain

▲ファーストキッス!

 

というわけで、串焼き、サラダ、チーズ、ナンなどをパパパッと頼み、お話へ。このお店はアフガニスタンの民家のようなつくりになっていて、絨毯の上に座って食べるのです。我々は小上がりを案内してもらい、あぁ、気分はカブールの夜……。実は私も2002年初頭に戦後間もないアフガニスタンに行っているのでテキトーなことを言ってるわけじゃないからな。後で当地の食事の写真も紹介します。

 

 

危険地帯では何を食べているのか? 

f:id:g-gourmedia:20161129070105p:plain

中川:危険地帯って何を食べるもんなのでしょうか? まさかコンビニおにぎり買えたりするわけないですよね?

 

f:id:g-gourmedia:20161129070144p:plain

丸山:羊を食べるべきですよ。世界各国で、羊は禁忌の肉ではありません。だからこそ、羊を食べれば、相手の懐に入っていけます。羊って香辛料をまぶすことで地域独特の料理になるので、その場所に行ってその場所独自のものを食べた気持ちになれるのですね。フード理論とも言うのですが、口を開けて食べている方が、相手の信頼を勝ち得やすいんですよ。食事しながら話すのはいい。なるべくなら、食事しながら現地の人と話すことを僕は心掛けています。

 

f:id:g-gourmedia:20161129070105p:plain

中川:これまでに印象に残っている地域ってどこですか?

 

f:id:g-gourmedia:20161129070144p:plain

丸山:タイ北部のイサーン地方ですね。あそこは生肉料理文化ができています。他にもケニアで牛の脚とか頭とか尻尾も食いましたね。まともな部分は金持ちが食べるので、膝から下の部分を薪みたいのにくべたりして焼くんです。表面の皮膚も毛も飛ぶ。皮膚って、焼くとはがしやすくなるのですね。そして、鍋に骨ごと、頭も突っ込んで煮るのですよ。そのスープにはハエがいっぱい入ってくる。塩味がないので、ただの油のスープを飲むのですが、この時点で肉が元々腐っていたな…ってのが分かるのです。

 

f:id:g-gourmedia:20161129093119j:plain

▲キベラスラム(ケニア)の牛の脚スープ

 

f:id:g-gourmedia:20161129070105p:plain

 中川:熟成肉どころじゃねぇよ!

 

f:id:g-gourmedia:20161129070144p:plain

丸山:ここで食べないという選択肢はないですね。ケニアのキベラスラムってところの売店で食べたものが悶絶のものだった! その日の夜、すごい量の汗をかきながら、嘔吐と下痢で目が覚めた。その場で確信したけど、スラムってどこの国でもそうでしょうが、ヘルシーフードはありえないんです。ハイカロリーのものが多い。フィリピンのスラムの食堂の食事は、スラムを動かしているお父さんや労働者のカロリーに合わせていることに気付きまし。ハイカロリー以外のものも作れるとはいえ、労働者のための食事なんです。味よりもカロリー重視で油ものがすごく多い。これは実際行って感じたことで、魚とかでも揚げ物が多かったし、インドとかも肉団子が多い。油もの、塩分、ハイカロリーがセットになっていました。残飯屋でも肉類が多い。

 

f:id:g-gourmedia:20161129093259j:plain

▲フィリピンのスラム飯のイメージ(ハイカロリー)

 

f:id:g-gourmedia:20161129070105p:plain

中川:あっ、残飯といえば、辺見庸『もの食う人びと』でバングラデシュ・ダッカの回がそれでしたね!

 

f:id:g-gourmedia:20161129070144p:plain

丸山:そうそう、あれです。働いている人はそれを食べるのですね。食堂の裏の方に行くと、密造酒を作る人がいました。ここはフィリピンのトンドスラムっていうのですが、どぶろくみたいなもんを出してくれる。それを飲むのは勇気がいりました。

 

あと、20年前のインドは冷蔵庫が普及していなかったんですよ。コーラを注文したら、30分してやっとコーラが来ました。お代わりをしたら、店員がガキを呼びつける。するとガキは階段を下りて走っていくのが見えました。オヤジに聞いたら、冷蔵庫がないので、市場まで走って買いに行くので時間がかかるのだとか。あぁ、これだったらまとめて頼めばよかったと思いましたね。これはデカン高原のふもとの村の話でしたが、冷蔵庫がこの10年、20年で世界中に普及したとは感じています。

 

――と、ここで頼んだものが続々と登場!

 

『孤独のグルメ』にも登場した「キャラヴァンサライ包」のアフガニスタン料理の数々

f:id:g-gourmedia:20161129093425j:plain

▲サッポロラガー(赤星)

 

f:id:g-gourmedia:20161129093447j:plain

▲サラダ

 

f:id:g-gourmedia:20161129093517j:plain

▲シークケバブ3種×2本

 

f:id:g-gourmedia:20161129093539j:plain

▲チーズ盛り合わせ

 

f:id:g-gourmedia:20161129093558j:plain

▲青菜炒め

 

f:id:g-gourmedia:20161129093613j:plain

▲ラム刺し

 

f:id:g-gourmedia:20161129093627j:plain

▲串を持って勇ましいフリをする

 

f:id:g-gourmedia:20161129093649j:plain

▲また、串を持って勇ましいフリをする

 

f:id:g-gourmedia:20161129093703j:plain

▲ナン

 

f:id:g-gourmedia:20161129093722j:plain

▲羊の煮込み

 

f:id:g-gourmedia:20161129093739j:plain

▲ナンで煮込みやケバブを巻いて食べる

 

「危険地帯のジャーナリスト」と「戦場ジャーナリスト」の違いとは

f:id:g-gourmedia:20161129070105p:plain

中川:丸山さんは「危険地帯」のジャーナリストであり「戦場ジャーナリスト」ではない理由って何なのですか? その違いって何ですか?

 

f:id:g-gourmedia:20161129070144p:plain

丸山:基本的にはパスポートで行けるところに僕は行くんですよ。戦場ジャーナリストを仕事にした場合、自分の自腹で行っておきながら記事が掲載されるか分からないんですよ。元が取れるか分からない。あと、戦地に行くのは、腹のくくりかたが尋常ではないんです。自分の人生を全部捨てなくてはいけませんし、一回の取材に全てをかけなくてはいけない。掲載する媒体すらも分からない。海外の仕事をしていて、「僕はもっとこういうことを続けたいな」と思ったのですね。だから、「行って帰ってこられるところ」ということを考えた結果「パスポートが通用するところ」にし、戦場は避けることにした。それに、紛争地域でコーディネーターとかガイドとかを頼めるわけがないですし。

 

f:id:g-gourmedia:20161129070105p:plain

中川:どんなきっかけで今の仕事を始めたんですか?

 

f:id:g-gourmedia:20161129070144p:plain

丸山:実は、フリーライターになる前は、考古学を専攻していて、学者になることを疑っていなかったんです。でも、結果的にそういう道には進めなくなり、無職になり、どうにもならなくなった時に、恩師から「フラフラしているんだったら働け、オレの同級生の会社に入れ」と言われ、測量とかを請け負う会社に入りました。でもその会社、1年ぐらいで潰れちゃったんですよね。そして、その会社の斜め前ぐらいに、同級生が勤めている出版社がありました。作ってる本はコンビニ本が多かったのですが、僕はそこのヤツらと仲良くなり、大塚駅の北口の居酒屋で編集長とか交えながら飲むこともありました。酒の席では旅の話をよくしていましたね。編集長が「その体験面白いね」と軽い気持ちで言ったのですがそれを僕が信じたというか、他に書くこともないので結果的に書いたのが『アジア「罰当たり」旅行』という本です。

 

f:id:g-gourmedia:20161129100214j:plain

 

話は測量の会社がつぶれた後の話に戻りますが、フリーライター、旅行作家としてやろうと思ったものの、当時は書くよりも書かせる方がラクだと思った。そこで、出版社を受けることにしたのですが、ビジネス書をメインにした出版社に受かって5年ぐらい編集者をやりました。その5年は海外からも離れ、東京を中心とした日本の裏社会の取材をするようになっていきました。歌舞伎町、新宿2丁目とかの取材です。その頃はミクシィ全盛期で人々が繋がっていて、裏社会飲み会やるって時に何十人も人が集まる。人体改造マニアとかヤクザとか、そういう人と話す中、裏社会がらみの仕事が多くなっていったのです。海外の取材をするにしても、旅というよりは、裏社会がらみの海外取材が増えていった。裏社会の取材をしている時に、チンピラの紹介で暴力団の事務所に行くと悪い扱いをされます。でも、幹部からの紹介だと良い扱いを受けます。危険地帯へ行く時も、現地のトップと繋がらない時は行かないようにしています。下の方のヤツから「ユーを幹部に紹介するね」というのはダメ。

 

f:id:g-gourmedia:20161129070105p:plain

中川:アウトローの論理は世界共通ってことなのかもしれませんね。

 

f:id:g-gourmedia:20161129070144p:plain

丸山:誰でもいいからツテを頼っていくのはダメですね。結局トップダウンでなくてはうまくいかないんです。裏社会のルールはシンプルなので、世界中共通。色々な国のマフィアやギャングと会って、彼らの考えていることは同じだと感じました。トップがいて、そいつに従うか、そいつに反目するか。そして、行動原理は、儲かるかどうかのみ。どこの国の裏社会も同じ。さっき戦場に行かないと言ったのは、僕は裏社会的なものの方が好きってのもあるかもしれません。軍隊が嫌いとかそういうことよりは、政治的に成熟しているところの方が好きなのです。裏社会のランクでいえば、韓国の裏社会ってのは日本と比べたら弟分みたいな感じ。軍が強い国ってのは、裏社会的な成熟度はちょっと低いのですね。パスポートが使える国は裏社会的なものが発展しているから面白い。

 

摂取したものが、体内で全部循環した時に「この国にいたな」と思える

f:id:g-gourmedia:20161129070105p:plain

中川:さっき、辺見庸の『もの食う人びと』について少し話が出ました。ダッカといえば、今年の7月にイスラム過激派によるテロが発生し、日本人7人を含む28人が亡くなられた場所です。辺見氏は、世界中の人の「食う」ことに大きな関心を抱きあの本を書いた。丸山さんも似たような関心はありますか?

 

f:id:g-gourmedia:20161129070144p:plain

丸山:僕も『もの食う人びと』を読んで、ダッカの残飯をあさるシーンが鮮明に残っています。そんな影響もあり、大学2年で初めて海外に旅立ちました。海外に行くと、食と旅は切り離せないとも同時に感じられます。だからこそ、海外に行ったら現地のものを食べることをルールにしています。その国に行ったと言えるのは、体内の摂取しているものが、全部循環した時に「この国にいたな」と思える時です。

 

f:id:g-gourmedia:20161129094141p:plain

中川:つまり、現地で食べたものがウンコになった時に「あぁ、オレはインドにいるんだなぁ……」といった感慨に浸るってことですね。

 

f:id:g-gourmedia:20161129070144p:plain

丸山:そうです。体内で一旦排泄物まで循環しないと、その国に行った気持ちにならないです。その国になじむとは言うものの、水と油がなじむまでは時間がかかるものです。ジャカルタでは大体食あたりします。料理に使っているのがパーム油なので、なじむまで3~4日かかる。そうなってやっと取材が始まるわけですね。だから、3日で帰って来いと言われたような場合は、これはちょっとヤバいかな……という食材は食べないようにします。

 

――なお、丸山さんは2014年の香港の民主化デモにも参加。この場を一緒に訪れたカメラマンの岸田さん(当コラムの撮影も担当)は「丸山さんは学生側の最前列にいました。警察が催涙ガスみたいなのを用意したんですよね。丸山さんはデカいから、そのターゲットになってしまった」とのエピソードを明かした。

 

f:id:g-gourmedia:20161129070144p:plain

丸山:僕の前は警官しかいないんですよ……。哀しいかな、暴力に走っていくが、現場でどうなるか分からない。催涙ガス発射のカウントダウンまであと何分かという状況で、警察と向かい合うドキドキ。完全武装の機動隊みたいなのが集まってオレと向かい合う。楽しかったですね。

 

f:id:g-gourmedia:20161129070105p:plain

中川:楽しかったのかよ!

 

f:id:g-gourmedia:20161129070144p:plain

丸山:そういえば、岸田さんとはミャンマー取材も一緒にしましたね。その時は日本人がモバイル関連をゲットすることはNG。闇SIMを500ドルで借りるのです。要するに、もうネットは使えないようなもの。2013年、僕の方がタイからの国境を超えて首都・ヤンゴンに行き、岸田さんはヤンゴンに飛行機で来た。ヤンゴンのドーナツ屋で待ち合わせをしたのですが、そこの店が潰れていた。場所はここで合ってるけど、明らかに店はなくなってる。まぁ、昭和的待ち合わせというか、ワンブロックを歩いたりしながら岸田さんを探し続けました。あと一周歩いても岸田さんがいなかったら帰ろうかな、みたいな感じで、そこでやっと会えた!

 

岸田:インターネット使えないってこういうことだろうな、みたいな感じですよね。

 

f:id:g-gourmedia:20161129070105p:plain

中川:危険地帯とか、携帯の電波が繋がらない場所へ行く時の準備ってどうしてるんですか?

 

f:id:g-gourmedia:20161129070144p:plain

丸山:そういうところに行くのは準備はどうしようもない。ネットが繋がらない、という前提も必要。ネット環境がないというのが、今の人はあまり感じられないかもしれないでしょうが、ネット環境がないとどうなるか、を意識しなくてはいけないんです。PCが巨大充電器になることもある。パソコン、スマホ、その他ガジェットなど、飛行機に乗るときはこのバックパックに入れます。キャリーケースとかを引くのはいやだし、手がふさがるのは嫌なんです。不測事態に対処できないですから。たとえば、極端な話ですが、トルコ・イスタンブールの空港でテロがありましたね。

 

f:id:g-gourmedia:20161129094344j:plain

▲丸山さんのバックパック

 

僕も一回テロ未遂があった時、イスタンブール発成田行きに乗ろうとしていたのですね。トイレに爆弾を仕掛けたというのがありました。いたずらにしては手が込んでいると思ったのですが、飛行機は欠航に。そうすると、出張に慣れている商社マンとかはすぐにどこの窓口に行って話をすれば、代替機のチケットをもらえるかを把握し、猛烈な勢いで走っていく。最初の3人だけ走って、チケットもらったわけですよ。こういう時、身軽に走れないとダメですね。ビジネスマンはスーツだけで荷物が意外に少ない。最初の3人が終わってももうあとはもらえず。その時、冷静に振る舞っていた各国ビジネスマンが大騒ぎ。本来は月曜日の朝、成田に到着するはずだったわけですよ。午前中、丸の内でエリートビジネスマンが会議をしたりするわけですね。飛行機のチケットを取れなかった人々は世界中の言葉で罵倒を開始します。ファックどころではない言葉が飛び交っており、こりゃ修羅場だな、と思いました。

 

危険地域でおいしかった食べ物って?

f:id:g-gourmedia:20161129094141p:plain

中川:これまで、危険地域でおいしかった食べ物はなんですか?

 

f:id:g-gourmedia:20161129094623j:plain

▲ミギンコ島

 

f:id:g-gourmedia:20161129070144p:plain

丸山:ヴィクトリア湖とか、世界一人口密度の高いミギンゴ島あたりで食べたフィッシュアンドチップスはウマかったですね。巨大白身魚から切り出したものです。『ダーウィンの悪夢』という映画でもその巨大魚は出てくるのですが、その白身は意外とおいしかった。その湖にはいわくがあり、毎年5,000人が死んでいるのですね。富士山の上ぐらいの高さにある湖で、気候変動が激しい。僕も帰りの船で、船のエンジンが壊れて漂流しました。数百キロ先まで見渡せるので、嵐が近づいてるのも見える。あの嵐が先か、オレ達が陸地に漂着するのが先かという勝負。嵐が先だったら、湖に落とされるのは間違いなかったですね。まぁ、魚は素揚げにしたり、干物にしたり、カレーにしておいしかったです。淡泊な味なので、何にでも合う。今日はアフガニスタン料理屋に来てますが、中川さんがアフガニスタンに行った時は何を食べたんですか?

 

f:id:g-gourmedia:20161129094513j:plain

▲ミギンゴ島のナイルパーチ(干物) 

 

f:id:g-gourmedia:20161129070105p:plain

中川:恐ろしいことに、毎回料理が一緒なんですよ。朝も夜も。基本はビリヤニ(ピラフ)、野菜、羊のケバブ、羊の煮込み料理、ナン、で以上です。それが延々続く! しかも、断食明けの「イード」と呼ばれる特別な日のあたりに行ったので、オレの目の前でいきなり羊の頸動脈を切って殺したりする。羊は暴れるものだから、大人の男性が首を切る中、子供が2人がかりで脚をおさえつけていたりするんです。

 

f:id:g-gourmedia:20161129094934j:plain

▲ビリヤニ

 

f:id:g-gourmedia:20161129095021j:plain

▲羊のケバブ

 

f:id:g-gourmedia:20161129095032j:plain

▲羊の煮込み料理

 

f:id:g-gourmedia:20161215194144j:plain

▲羊を押さえる様子 

 

f:id:g-gourmedia:20161129070144p:plain

丸山:ガハハハハ! そりゃあ、いい体験しましたね。

 

f:id:g-gourmedia:20161129070105p:plain

中川:アフガニスタンでも白身魚を揚げたやつを市場の屋台とかで売ってるのですが、揚げ油が真っ黒になっていて、しかも何十匹も魚を積み上げていて下の方はお前、身がつぶれてるだろ! みたいな状態です。まぁ、アフガニスタン料理は味自体は良かったし、野菜も豊富に摂れるのが良かったですね。当時オレはフリーライターなりたてで猛烈に忙しく、カップラーメンとハンバーガーと牛丼しか食べていなかったので栄養不良で全身にぶつぶつができていたんですよ。でも、アフガニスタンで野菜をたくさん食べていたら帰国時にはぶつぶつがすべて消えていた! 丸山さん、他にはどこが印象に残っていますか?

 

f:id:g-gourmedia:20161129070144p:plain

丸山:フィリピンで拳銃の密造村に行きました。その時は、ジャーナリストと名乗ったら警戒されて辿り着けなかったんですよ。そこで、極度の銃マニアの学生と名乗ったら、お金を払うことで会ってもらえました。取材の最中、いたずら心を出して「もし、俺がジャーナリストでドキュメンタリーの取材に来てたら、どうする?」と言った。すると、それまで自然体で受け入れてくれたチンピラがしばらく黙る。すると、「銃密造工房の奴らがアンタを殺すよ」と言ったのですが、その時の静寂は今でも覚えています。俗世間からは隔離された山の中に工房があるのです。僕は「あっ、そうだね」と言いながら、「冗談冗談!」と言ってなんとかその場を取り繕った。取材が終わって、バスを待つ間バス停近くのレストランに行きました。フィリピンの代表的ビール・サンミゲルはありますが、レッドホースというアルコール度数高いビールをこの時は飲みました。食べたのはひき肉のサラダ。その時の味は「生きて帰って良かった」というもの。レッドホースは決しておいしいビールではないし、冷たくもない。氷を入れて飲んだのですが、「あぁ、このビールは何回味わってもいいものだ。オレは生きている……」としみじみと感じ入りました。いやぁ~怖かった!

 

f:id:g-gourmedia:20161129095459j:plain

▲ルーマニアの食事風景

 

あと、かつて僕はレモネードを飲んだことはなかったのですが、今は大好きです。一つのきっかけは、ルーマニアのマンホール地下住居に住んでいる人々を訪れた時のことです。リーダーが飯を食えと言ったのですよ。でも、出されたメシよりも、皿の上とかを猫や犬が歩くのが気になって仕方がなかったです。コンビーフとレバーパテをパンと一緒に食えと言われたのですね。そこで、マンホール住居のリーダーが、レモネードをボトルに入れてくれたわけです。冬のルーマニアの真冬のマンホール、50度を超えるお湯が地下通路を流れているので、温かい。となれば、喉が渇くわけですが、ここで飲むレモネードがすごくうまいんです。まさに「この世の嘘」みたいなレベルのレモネードでした。しかし、この地下住居は、僕が取材した半年後につぶされてしまいました。

 

f:id:g-gourmedia:20161129094141p:plain

中川:最後に印象に残ってる食べ物は?

 

f:id:g-gourmedia:20161129070144p:plain

丸山:ニューヨークのドラッグディーラーに話を聞きに行ったんですよ。そういう人たちって怖い人たちって怖いと思うかもしれませんが、意外といい気さくな人。売人が勧めるおつまみってなんだろう? と思ったら、出てきたのはナッツの盛り合わせ。ビール飲んでナッツ食べて気持ちよくなったところでドラッグが出てくる。「オレ、取材で来ているんで……」を繰り返すしかないですよ……。ニューヨークのチャイナタウンの汚いところで出てくるつまみがナッツだったので、僕にとってナッツってもんは売人向けのつまみという印象になってしまいました、ガハハハハ!

 

f:id:g-gourmedia:20161129094141p:plain

中川:いやぁ、面白い話、ありがとうございました!

 

文:中川淳一郎

撮影:岸田浩和

写真提供:丸山ゴンザレス

 

紹介したお店

キャラヴァンサライ包(PAO Caravan Sarai)

住所:東京都中野区東中野2-25-6 1F 

TEL:03-3371-3750

r.gnavi.co.jp

 

 

著者プロフィール

f:id:g-gourmedia:20150420210617j:plain

中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう)

ライター、編集者、PRプランナー

1973年生まれ。東京都立川市出身。
一橋大学商学部卒業後、博報堂CC局で企業のPR業務を担当。2001年に退社し、しばらく無職となったあとフリーライターになり、その後『テレビブロス』のフリー編集者に。企業のPR活動、ライター、雑誌編集などを経て『NEWSポストセブン』など様々な、ネットニュースサイトの編集者となる。主な著書に、『ウェブはバカと暇人のもの』(光文社新書)、『ネットのバカ』(新潮新書)、『夢、死ね!』(星海社新書)、『縁の切り方』(小学館新書)など。割と頻繁に物議を醸す、無遠慮で本質を突いた物言いに定評がある。ビール党で、水以上の頻度でサッポロ黒ラベルを飲む。

 

前回までの「今も飲んでいます」はこちら 

r.gnavi.co.jp


Viewing all articles
Browse latest Browse all 2459

Trending Articles