久しぶりに外食をしようかと考えたとき、一番に思いついたのが焼き肉だった。せっかくだからちょっとランクが上の牛肉を、煙を立たせながらジュージューと焼いて食べたい。はい、きめた。もう私の胃は焼き肉用だ。
そこで前に友人から勧められて気になっていた、山形牛一頭買いをしている「美美」という焼肉屋を開店時間に合わせて予約した。最寄りは北千住駅なので、我が家からは電車で一本、オープン直後なら混雑することもないだろう。
北千住駅東口からすぐの場所にある美美。弁当のテイクアウトも人気。
牛の一頭買いが特徴らしい。たまに聞くけど具体的にはどういうシステムなんだろう。
女性客も多いというモダンな店内。美味しい牛肉を食べて美しくなってほしいという思いから「美美」と名付けられたそうだ。
カーテンで仕切れる個室もある。
「一頭買い」ってなんですか?
メニューを眺めつつ、店員さんに「一頭買いってなんですか?」とストレートに疑問をぶつけてみた。個人的なイメージとしては、牛がトラックに乗ってドナドナと店に届く姿だが、さすがに店内に牛の気配はない。
学生時代を山形で過ごしたので、山形牛は思い出の味と言いたいところだが、貧乏学生だったので食べる機会はほとんどなかったな。
詳しく教えていただいたところ、提携する牧場から山形県内の加工業者さんに牛は運ばれて枝肉(皮や内臓を取り除かれた状態)となるのだが、その状態の一頭分を丸ごと購入するシステムとのこと。牛一頭分の肉(内臓は除く)を一括で買い取るのだ。
丸ごとといってもそのままドーンと届くのではなく、加工業者さんが枝肉を部位ごとに分けて真空パックして、それを左右に分けて半頭分ずつ納品してもらっている。
半頭分のサーロイン塊。このまま焼きたい。
一頭買いをする一番のメリットは、やはり値段を抑えられること。牧場や加工業者側からすると丸ごと買ってもらえれば手間が掛からないので、その分安くすることができる。
サーロインやカルビといった需要の多い部位だけを仕入れると、どうしても単価が高くなるが、一頭で買えばそれがない。また一頭から2キロ程度しかとれないミスジのような希少部位も確実に確保できる。さらには部位を完全に把握できるので、〇〇に近い△△みたいな(マグロでいうと中トロに近い赤身の尾寄りとか)、微妙な差も管理できる。
デメリットは注文の量が読めないこと。当たり前だがお客さんは部位を満遍なく注文してくれる訳ではないので、どうしても多く注文される部位、余る部位が出てきてしまうのだ。それでも価格的にお得な「おまかせ」で在庫を有効活用したり、お客と店員とのコミュニケーションで順調に消費できる店であれば、一頭買いの方が安く提供できるそうだ。
半頭分が部位ごとにパックされて美美へと届く。
この店のオーナーは17年前に焼肉屋の世界へと入り、肉好きが高じて全国の牧場を巡りながら、生産者さんの想いを聞いてまわるようになった。そして血統、エサ、気候などによる仕上がりの違いを学び、11年前にこの店をオープンするにあたって、数あるブランドの中から山形牛を選んだそうだ。
山形は盆地なので、夏は暑くて冬は寒い。その寒暖差によって、キメが細かくて口溶けの良いサシが入るのだとか。霜降り部分はもちろんだが、赤身もしっかりとおいしいのがポイント。
また牛肉のランクはこの店が仕入れているA5が最高とされているが、A5の中にもA4に近い肉から(それでもすごいが)、セレクションと呼ばれるA5のトップクラスまで幅がある。一頭買いを続けて生産者さんとの信頼関係を厚くすることで、A5の中でも特に質が高い牛を送ってもらうことが可能となるそうだ。
一頭買いを楽しめる注文を考えてみる
一頭買いのシステムを理解したところで、さて注文をどうしようか。今回は2人での来店である。そして2人とも焼肉は詳しくない。
店員さん曰く「好きな肉を好きなだけ食べるのが一番!」とのことだが、メニューに書かれた部位から味を想像するのは私にとって難しい。そこで「どちらかといえば赤身寄りの部位で」という希望を伝えつつ、大将おまかせ盛り!の上を2人前と、ミックスホルモン1.5人前(塩)を注文した。もう丸投げである。
すごく迷う。メニューを見ながら酒が飲めるな。
ところで焼き肉の注文で私をいつも悩ませるのが「1人前って何グラム?」問題である。もちろん店によるのだが、美美では基本的に単品だと一人前は100グラム前後だそうで、0.5人前から注文可能とのこと。
ステーキ1枚分が200グラムだとして同じ量を食べるとすれば、0.5人前なら4種類の肉を楽しめる計算となる。そのため1人で来る常連客も多いとか。寿司屋で刺身の盛り合わせを頼むみたいな感じだろうか。それ絶対たのしいやつだ。
なんとなく寿司屋っぽいカウンター席。フラっと入って孤独のグルメごっこがしたい。ただしビールも注文する。
鉄板に油を引くための牛脂がすごくうまそう。食べたら笑われるだろうか。
「大将おまかせ盛り!」は3種の味が楽しめる
2人前から注文可能な大将おまかせ盛り!は、塩味・タレ味・味噌ダレ味の3つの味が楽しめる盛り合わせ。一頭買いの店だからこそ、どの部位が出てくるかはその日の状況次第となる。注文したのは上のランクだ。
まずやってきたのは、塩味のタンとリブ芯(リブロースの芯部分)。どちらも食べる前からこちらの鼓動が早くなるくらい説得力のあるヴィジュアルだ。これがA5ランクの山形牛か。
カットが美しい上タン塩。
基本的にはセルフで焼くスタイルだが、店側としても美味しく食べてもらいたいため、求めれば焼き方のアドバイスをしてくれるし、焼き加減も確認してくれる。
仕上げにネギを乗せて焼き、そのまま包んでいただく。厚切りでボリューミーなのに柔らかい。これぞ「舌を巻くうまさ」というやつである。
サシが見事なリブ芯。
しゃぶしゃぶのようにサッと焼く。
とろけるよね。もちろん脂肪分は多いのだが、しつこさが全然ない。
続いてはタレ味の内バラ、ランプ、カイノミ。私が考える「ザ・焼肉」という見た目をしている。
タレ味の焼き肉だと、どうしてもライスが欲しくなる。夜中にこっそりがんばっているフィットネス何日分のカロリーオーバーになるか怖いけれど、こんな日があってもいいじゃないか。
みんなちがって、みんないい。
赤身と脂身のメリハリがある内バラ。ウッチャンナンチャンの省略形みたいですね。内村&南原、略して内バラ。
この焼きあがり、ご飯が欲しくなるのは仕方がない。
ライスと内バラで人生最高の焼き肉丼ができあがった。
アラジンもびっくりの見事なランプだ。
キメの細かいサシと鮮やかな赤身のコントラストが美しい。
江戸前の寿司みたいに「仕事」がしてある。この店の隠れた人気部位だというランプ、これぞ赤身のうまさだ。
パイの実なら食べたことがあるけれど、カイノミは初めてかも。
カイノミはハラミ(横隔膜)に近い部位とのことだが、ハラミが内臓(ホルモン)なのに対して、カイノミはあくまで肉。
確かにハラミっぽい風味があるけど肉。この部位すごく好きだ。徳島県産すだちを使った自家製のポン酢が合う。
最後はホルモンの味噌ダレで、見るからにプリップリのギアラと小腸。これらのホルモンももちろん山形牛で、まったくクセの無い味わいに嬉しくなる。早くもおかわりしそうになったが、そういえばミックスホルモンを頼んだのだった。
やはり内臓系も外せないよね。
ホルモン系はしっかりと焼くのがおいしく食べるコツ。不安な場合は店員さんに焼け具合を確認してもらおう。ところで一切れが意外と大きいのが伝わるだろうか。
大腸よりも脂が多いトロットロの小腸。ホルモンは脂が多いやつが好き!
ここまで烏龍茶で我慢してきたが、ホルモンの脂にたまらず生ビールを注文。
牛の第四胃であるギアラ。小腸ほどトロトロではなく程よい噛み応えがある。また好きな部位が増えたぞ。
ミックスホルモンが伝えてくれる焼肉の幅広さ
味噌味のホルモンのおいしさに感動したところで、続いてはさらに素材の質が問われる塩ダレのミックスホルモンが到着。
この日のラインナップは、タン下、ミノ、レバー、センマイ、そして小腸がすべて3切れずつ。歯ごたえ、脂の乗り、旨さの質、どれもが違うからこそ、飽きることなく楽しめる組み合わせ。
肉がうまい牛はホルモンもうまいことをこの舌で確認(一頭買いとはいえ内臓は別扱いなので同じ牛ではないけれど)。末代まで伝えていきたい真実である。
大将おまかせ盛り!のホルモンが味噌ダレだからと、塩ダレを勧めていただいた。
様々な歯ごたえが共存する夢の部位、それがタン下。
第一胃のミノ。「厚みがあったが絶対うまい」という主張が伝わってくる切り方。店側が本当に好きなものを出している感がすごい。
塩ダレでも生臭さ皆無のレバーも見事。
センマイは第三胃部分。唯一無二の食感だ。
味噌ダレとはまた違った表情を見せてくれた小腸。最高に好き。
このとろける脂がしつこくないんですよ。
3切れずつあるので最後はまとめてドーン!じゃんけんで奪い合おう。
ここまで2人分の肉代が、2,980円×2+1,280円=7,240円(税別)。1人あたり3,620円でこのラインナップが楽しめるのか。いやー、たのしいね。
並のカルビとロースが並じゃない
ホルモンをたっぷりと堪能したところで、もう少し肉が欲しくなり、カルビとロースを1人前ずつ注文。特上でも上でもないランクだが、それでも十分すぎる肉質だ。
何度も食べたことがある部位だからこそ理解できる素材の良さ。並を食べてこそわかる山形牛の底力ってやつですか。
カルビとロースを1人前ずつ追加。ライスのおかわりは我慢した。
これで並だそうですよ。
自家製麺の生冷麺で締めよう
さてそろそろ締めの炭水化物を食べようか。栄養はバランスよくとらないとね。ただし食事中のライスはサラダみたいなものなのでカウントしないこととする。
美美という店名なので、注文するのはもちろんビビ……ンバでもいいのだが、この店で山形牛と並ぶ名物である生冷麺を注文。なぜ冷麺に「生」がつくのかというと、なんと店内にある製麺機で作り立ての麺を提供しているからだ。
正直に言えば、私にとってこの生冷麺(というかそれを作る製麺機)の存在こそが、この店を訪れた最大の理由だったのだ。
秘伝のタレをかけたまかないごはんも、焼肉屋さんのガーリックライスも気になりますが!
冷麺とは小麦粉(蕎麦粉の場合もある)と澱粉を捏ねた生地を、押出式の製麺機で作る麺料理。澱粉が入るからこそ、あの独特の食感が生まれる。
とはいえ小麦粉といっても種類は様々だし、澱粉もジャガイモや緑豆などいろいろなものから作られる。素材の選択、割合、水加減の組み合わせはそれこそ無限にある中で、そこからベストだと思うレシピを導き出したオーナーの話によると、焼肉がおいしいのは生産者さんががんばっているから当たり前の話であり、粉から店で作る冷麺を褒めてもらう方が嬉しいのだとか。
仕込む生地の量には限りがあるので、来店時間が遅くなる場合は予約するのが無難。
ニュイーンと押し出される冷麺。自家製の冷麺を出している焼肉屋なんて初めてだよ。
これを見るために来店する価値がある(製麺好きの個人的な見解です)。
ここで出される冷麺は、酸味のまったくない魚介系の旨味が濃いスープ。上に乗っているのは大根おろしではなく凍らせたスープで、薄まることなく最後まで冷たい状態で食べられる。
キムチをあえて別盛りにしてあるのは、まずは自慢の麺をスープだけで食べてほしいという自信の表れなのだろう。「ゴムのような」と表現したくなるタイプの冷麺とは違う、優しい口当たりと程良い噛み応えが焼肉の余韻を包み込んだ。
自作以外で生冷麺を食べるのは人生初かも。
小麦粉よりも澱粉が多い配合ながら、硬すぎない歯ごたえに仕上げられるのは、製麺してすぐに茹でることができる生冷麺ならではか。
久しぶりの外食はやっぱり楽しかった。ちょっと良いお寿司屋さんにいって、少し緊張しながら魚の名前と味の特徴を覚えていくような喜びを、美美の焼肉では感じられた。個人的にはタン下、カイノミ、ギアラあたりが好みかな。
この記事を書いていたら、どうしてもすぐにまた焼肉が食べたくなったので、とりあえずスーパーで買ってきた肉を家で焼いて食べたところ、これはこれでおいしいものの、そりゃもう家中が煙臭くなって大変だった。やっぱり肉は店でモクモクさせながら気兼ねなく焼きたいな。
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