みなさんは「ぎょうざの満洲」をご存じだろうか?
「ぎょうざの満洲」とは、埼玉県所沢市に本店を持ち、関東を中心にチェーン展開している中華レストラン。筆者が子どもの頃からよく通った、馴染みの店でもある。
ある日、いつものように満洲で食事をしていると、常連と思しきおじさんたちからこんな会話が聞こえてきた。
「こないだ、満洲の旅館に行ってきてさ」
満洲の旅館? なんだそれは? 早速おじさんを問い詰め…たりはせず、こっそり聞き耳を立てていると、どうやら群馬県の老神温泉に満洲が経営する旅館があり、館内には中華レストランも併設しているそうなのだ。
これは行くしかあるまい! ということで、老神温泉に向かった。
いざ、満洲の宿、「東明館」へ!!
老神温泉に到着した。一瞬でやってきたみたいになったが、実際には東京から電車とバスを乗り継ぎ、約3時間の道のりである。
温泉街を奥に進むにつれ谷が深くなり、緑が色濃くなっていく。自然豊かで心地良い場所だ。と、同時に、こんなところに本当に満洲があるのか、疑わしくなってきている。
と思ったそのとき……あれは?
あった! 新緑の中に、ひときわ目立つ中華娘のイラスト。見慣れた満洲のロゴである。あれが満洲の旅館こと「東明館」に違いない。
正面がコチラ。
宿泊以外に、日帰り入浴やレストランのみの利用も可能なようだ。現在の時刻は13時。チェックインの15時までやや時間があるので、とりあえずこの旅一発目の満洲を腹に入れておくことにしよう。
長旅の疲れを吹き飛ばす中華のパワー
入館すると、ロビーのすぐ横にレストランがあった。ぎょうざの満洲 東明館店である。
さて、ランチは何を食べようか。まず、餃子は外せない。メインはラーメンかチャーハンか、麻婆豆腐や天津飯もいいな。
まあ、1泊2日もあるのだから焦らずちょっとずつ食べればいいか。
……なんて思ってたのだが、気づけばこんなことになってしまった。
テーブルが天下一武道会のあとの悟空状態だ。テンションに任せてオーダーすると、こういうことが起こるので注意したいところ。
しかしご安心を。じつは満洲では麺類や丼ものなどの基本メニューを「小盛」で注文できるのだ。ラーメンなら麺の量を半分に、丼ものはご飯の量を半分にしてくれる。それでいて、具材やスープの量は普通盛と変わらないのが嬉しい。今回も餃子以外は全てハーフにしてもらった。
さっそく、看板メニューの餃子を食べよう。
なお、満洲が推奨するタレの黄金比率は「酢:6、しょうゆ:3、ラー油:1」とのこと。
うん、いつも通りにおいしい満洲の餃子だ。旅館だからって、特別なアレンジをしているわけではなさそう。でも、それがいい! 皮がモチモチで新鮮キャベツがシャキシャキで、肉のうま味が感じられる、いつも通りの最高餃子である。
ちなみに、満洲の餃子は毎朝3時から工場で作られ、素材は全て国産を使用。また、お肉は脂身を少なく、赤身を多くすることで自然に肉汁が溢れるようにしているそうだ。
こちらは「やみつき丼」(小盛)。ニンジン、白菜、チンゲン菜など、彩り豊かな具が、とろとろの餡に包まれている。
中華丼とも少し違う、ほんのり辛い味付け。餡をまとい光り輝くコメは濃厚な味わいで、このコメをおかずに白米が食えそうだ。ネーミング通り、やみつきになる味。ハーフじゃなくて、普通盛にすればよかった。
続いては、これまた野菜たっぷりの「旨辛菜麺」(麺0.5玉)。
こっ、これは辛い。かなりの辛さだ。しかし、その奥に野菜の旨味がぎゅっと詰まったスープの味わいが感じられる。汗も箸も止まらないラーメンである。相当に刺激強めだが、そんな中、やさしく舌を癒してくれる溶き卵の存在が有難い。
箸休めに餃子を挟みつつ…(休めてない)
最後にいただくのは、名物の「満洲ラーメン」(0.5玉)。
群馬でも相変わらず美味しいな、おまえは。
自家製の麺は餃子同様にもちもちしていて、スープはほんのり甘いあっさり系。刺激的な旨辛菜麺に対し、こちらのスープはどこまでもやさしい。聞けば、豚系、鶏系、魚介と野菜系を素材ごとに煮ることで、より旨味を引き出しているそうだ。
シンプルだからこそ、麺やスープの美味しさがストレートに伝わる、満洲の自信やプライドが感じられるラーメンである。
シメはアイスコーヒー(夏期限定)とソフトクリーム(バニラ&チョコ)。
食後のコーヒーで中華の油をスッキリと洗い流し、とりあえず一回目の食事終了。このあと、夕食、翌日の朝食、ランチと、少なくともあと3回は満洲が楽しめるのだ。これは嬉しすぎるぞ。
なぜ満洲が温泉宿をやってるの?
しかし、そもそもなぜ「ぎょうざの満洲」が温泉宿をやろうと考えたのか?
腹を満たしたところで、館長さんにお話を伺ってみた。
―― そもそも、なんで中華レストランの満洲さんが温泉宿の経営を?
湯沢さん(以下省略)「きっかけは弊社の会長が老神温泉の出身だったからです。というのも、会長は幼いころから老神温泉で育ち、ここの泉質を好んでいました。しかし、時代が進むにつれて、この辺りは廃業する旅館が後を絶たなかった。2009年に廃業した、こちらの東明館もその1つでした。そこで、会長は『良い温泉なのにもったいない』と東明館を買い取り、2010年にリニューアルオープンすることにしたんです」
―― そんなドラマがあったとは……だから「東明館」という名前をそのまま引き継いだんですね。
「本当は『旅館』という形で残したかったそうですが、いかんせん弊社は中華レストランなので旅館業のノウハウはありませんでした。そこで、思い切って自分達の持っている『ぎょうざの満洲』を旅館に入れてしまおうと全面改修したんです」
―― 湯沢さんも急に旅館業を担当することになって大変だったんじゃないですか?
「いえ、私は元々旅館業が専門で『ぎょうざの満洲』に勤めたのもここからなんです。むしろ、中華鍋を振ることになると思わなかったですよ(笑)。入社後、弊社が毎年行なっている試験『餃子マスター』の資格を取り、今では毎日厨房に立っています」
―― マスターが5名も在籍しているとは、精鋭ぞろいで頼もしい! ちなみに。東明館でしか食べられない限定メニューはありますか?
「ありますよ。炒め物だと『酢豚』や『エビチリ』などは他店舗にはないメニューです。それと、温泉旅館ということで群馬の地酒を用意し、それに合う『ぬか漬け』と『春雨サラダ』を提供しています」
―― 酢豚やエビチリ、そういえばいつも行く満洲では見たことないかも。ベーシックな中華メニューなのに、意外ですね。
「酢豚やエビチリは手間がかかるため、お客様の多い店舗ではなかなかご提供が難しいんです。東明館はそこまで忙しくなるとは予測していなかったといいますか、そもそもここで中華レストランが成り立つのか不安だったこともあって、手間がかかっても他店にはないメニューを加えてみることにしました。ところが、蓋を開けてみたらたくさんのお客様に来ていただけて、気づけば他店と変わらないくらい忙しくなってしまったんですけどね(笑)。でも、限定メニューを目当てに来てくださる方もいるので、やめるわけにはいかないんですよ」
―― ぜひ、やめないでください。お客さんは僕みたいな満洲ファンも多いですか?
「各店舗のスタッフが常連さんに東明館をオススメしてくれているようで、お客さんからも『○○店の紹介で来ました』ってよく言われます。ファンの方にとっては聖地のような存在になっているのかもしれませんね。満洲の店舗が増えれば増えるほど、多方面から来てくださり、年々お客様は増えてます」
―― 今日も満室みたいだし、けっこう予約が取りづらそうですね。狙い目の時期なんかはありますか?
「特に8月はファミリーが多く予約でいっぱいですが、強いて言うなら雪が降る2月は予約しやすいかもしれません」
―― なるほど。ちなみに、湯沢さんも餃子好きですか?
「もちろんです。私のこの体型を作っているのは餃子とビールと唐揚げと言っても過言ではありません(笑)。どんなに忙しく働いたあとでも、温泉に浸かってから餃子、そしてビールを流し込めば疲れも吹っ飛びますよ」
良質な温泉、湯上り後のビール&餃子
温泉後の餃子ビール。そんなの最高に決まっている。その最高の瞬間に備えて、昼から飲みたいところをぐっとこらえ、客室に向かう(隣のテーブルのおっちゃんたちは、昼から酒盛りをしていてものすごく楽しそうだった)。
客室は元々旅館だったこともあり、純和風の落ち着いた雰囲気。
眼下には片品渓谷が広がる絶好のロケーション。特に紅葉シーズンの美しさが評判だという。
そして、こちらが内風呂。かなり硫黄のニオイが強く、これぞ温泉!という感じ。
ちなみに後日、老神温泉の他の宿の日帰り入浴も利用してみたが、そちらはほぼ無臭だった。
湯量豊富な自家源泉は、群馬県では珍しいという弱アルカリ性の単純硫黄温泉。皮膚病や切り傷などに効能があり、古くから美人の湯として親しまれてきたそう。浸かると優しくなめらかな湯あたりで、温泉によっては体がかゆくなってしまう僕の肌にも合った。
美味しい中華料理だけでなく、この良質な湯も東明館の魅力なのだ。
露天風呂もある。目の前に迫る新緑が美しい。
硫黄の香りとやさしい感触の温泉が移動の疲れをじんわり癒すとともに、体と喉が渇いてくる。ビールを迎え撃つのに、最高のコンディションが整ってきたぞ。
至福のひととき! 温泉後のビール&中華料理
というわけで、東明館オリジナルの作務衣に着替え、再びレストランへ。
席に着くやいなや、ビールをオーダー。15秒後にキンキンに冷えたプレモルちゃんが現れた。温度も泡の比率も絶妙だ。
ああ……。まるで、ビールが全身の細胞に染みわたっていくようだ。うまいというより、気持ちいい。
さて、お次は油をもりもり補給していこう。まずは餃子をオーダーした。
昼は焼餃子だったので、今度は水餃子にしてみた。特性のタレでいただく。
茹でたてアツアツ水餃子を頬張ると、ビュッと肉汁が溢れ出てくる。焼餃子のカリカリ感もたまらないが、こちらはより皮のモチモチ感が増幅されている。ツルッとした皮の舌触りともっちり食感がたまらない。
特性の辛味噌をちょこっと付けて、味変できるのも嬉しい。ジューシーな豚の脂に辛味噌の刺激が相まって食欲を刺激しまくり、何個でもいけてしまう。
湯沢館長も大好きだという「塩唐揚げ」。でかい! でかいが、塩ベースであっさりしていて、こちらも何個でもいけてしまう。程よくスパイシーな黒胡椒はビールとベストマッチで、杯も進む進む。とんだデブ養成所である。
東明館限定メニューの酢豚。食感を残すため大きくカットされたピーマン、ニンジン、しいたけを、たっぷりの甘酢餡が美しくコーティング。豚肉はカラっと揚げられていて、衣は天ぷらのような食感がおもしろかった。
これまた限定のエビチリ。最初の口当たりはやや甘めで、あとからしっかり辛い。主役の海老も、しっかりいいものを使っていることが分かる。温泉宿でこんなに本格的なエビチリが味わえるとは感動だ。白米にぶっかけて、わしゃわしゃかきこみたい。
ここから日本酒へスイッチ。群馬の美しい自然を表現した地酒「水芭蕉」だ。キリッとした辛口ながら、フルーティで飲みやすい。
そのお供は、これまた限定の「春雨サラダ」。ごま油が香り、細切りチャーシューもたっぷり入った中華風。
「手作りぬか漬け」。中華料理三昧のなか、清涼感をもたらしてくれる貴重な存在。
中華、中華でアブラアブラしてきたところを、日本酒とぬか漬けで中和。口の中がリセットされ、再び中華が食べたくなる。このループは楽しすぎる。
そして、飲みのシメは「みそラーメン」の0.5玉。食事、お酒、そしてシメのラーメンまで、ここで全て完結する。さらには……
餃子など一部のメニューはテイクアウトも可能で、客室で食べることもできる。
なので、しばしの休憩後、餃子とハイボールで二度目のシメ。どんだけ食うんだよと、自分でも思うし、今改めて写真を見返して若干引いているが、ここにくると食欲が爆上がりしてしまうのだ。
2日目も中華三昧!!
というわけで翌日。朝刊を読みつつ、レストランの開店を待つ。ひと晩寝て、再び腹はペコペコだ。
なお、朝食はブッフェスタイル。「サラダ」「ごはん」「みそ汁」「デザート」がお代わり自由となっている。
なお、地域の野菜を使った「炊き込みごはん」や、胃にやさしい「おかゆ」なども用意されている。これも食べ放題。
さらに、月替わりのおかず、地元名物のこんにゃく、温泉卵などがつく。時期によっては焼き餃子もしくは水餃子もブッフェに追加されるそうだ。
せっかくのブッフェなので山盛り食べたいが、このあともう1食ランチをいただく予定なので、軽めにしておいた。前日の暴食で疲れた胃が、じんわりと回復&活性化していくようだ。
「ランちゃん」カップで食後のコーヒー。
そして、朝風呂へ。風呂は早朝5時から開いているので、チェックアウトの10時までゆっくり浸かることができる。
プレイルームもあるので卓球をしたり、
Wi-Fi完備のお休み処で仕事なんかしちゃったり、
近隣の豊かな自然を散策するのもいい。名所「吹割の滝」も徒歩1時間くらいなので、腹ごなしに足を運んでみるのもアリだ。
そうこうしているうちにお昼時。チェックアウトを済ませ、レストランへ。今回のラスト満洲はこれだ。
中華のド定番「チャーハン」。チャーハンを食べればその店のレベルが分かる……かどうかは知らないが、シンプルなだけに料理人の技量や現れやすいメニューではあると思う。
そして、やっぱり「焼き餃子」も付けてしまう。
うまいうまい。パラパラ系だがしっかりとコクがあるチャーハンだ。添えられたキムチと、超さっぱり味のたまごスープも、よきバイプレーヤーとして活躍してくれる。
当初は連続で中華ばっかり食べ続けられるか若干の不安もあったが、まったく飽きることはなかった。今回食べられなかったメニューもあるので、むしろ名残惜しいくらいだ。あと5泊したい。
ちなみに、宿泊料は朝食込みで6400円。料理と温泉のレベルの高さにくわえ、リーズナブルな料金。満洲抜きにしても、普通に旅館として魅力的だと思う。満洲ファンならずとも、ぜひ訪れてみてほしい。
【紹介したお店】
店名:老神温泉 ぎょうざの満洲 東明館
TEL:0278-56-2641
HP:http://www.mansyu.co.jp/oigami%202/oigami2.html
【プロフィール】
小野洋平(やじろべえ)
1991年生まれ。編集プロダクション「やじろべえ」所属。服飾大学を出るも服が作れず、ライター・編集者を志す。自身のサイト、小野便利屋も運営。
http://yajirobe.me/
Twitter:@onoberkon