福岡市街地から車で西へ約30分。近海で捕れる新鮮な魚介と豊かな土壌で育った野菜、肥沃な大地で育った畜産物がある糸島は、まさに「食材の宝庫」。それらをふんだんに使った料理を出す店もたくさんあります。
中でも、「実力店がそろう」といわれているのがカレーです。イベントが開かれるくらいバラエティー豊かで、それぞれが個性の際立つカレーになっています。
そんな数ある人気カレーの中から今回は、女性店主の“糸島愛”がたっぷりと入った、素朴で親しみやすい味わいが魅力のカツカレーをご紹介しましょう。
糸島で育まれてきた移動販売出身の大衆食堂
糸島市の中心街・前原という場所にやって来ました。江戸時代に唐津街道の宿場町として整備されたこの街は、現在でも各所にその面影を残しています。
平成に入って一時は空き屋店舗が目立っていましたが、ここ数年はクリエイターが次々と移住。個性的なショップが増えて、再び注目を集めています。
今回ご紹介する「まんまる食堂」もそんな商店街の一角にあります。
かつて、唐津街道の関所があったという前原商店街の東入口に建つ古民家を借りて、2015年から営業を開始。カレーをはじめ、糸島の食材をふんだんに取り入れた家庭的な料理が楽しめる店として、地元の幅広い年代から支持を集めています。
県道202号に面する建物の壁には、ひと目でそれとわかる「極みの!カツカレー!!」と大きな文字で書かれた看板。「一体、どんなカツカレーなんだろう?」と、入店する前から否応なしに期待が高まります。
入口近くには、木で作られたベンチがありました。
後日調べると、「糸島のスギ間伐材を活用し、前原商店街に休憩場所、交流場所を作ろう」という地域プロジェクトの一環らしく、デザインは一般公募で選ばれた地元の小学5年生のアイデア。左右の端に座る人が両手すりとなるユニークなベンチで、それを糸島にある木工房の主宰者が具現化したものなのだそうです。
近くにある小学校の社会科実習も受け入れているそうです。窓には「まんまる食堂」の魅力を紹介する、子どもの字で書かれたポップがいっぱいありました。
古民家を改装した店内に入るとまず、正面の愛らしいカウンターが目に飛び込んできました。
移動販売からスタートした店ということもあり、設計士が移動販売ワゴンの扉をイメージして作ったもの。カウンター越しに見える店主の目線の高さは、移動販売ワゴンから見えるそれと同じに作られています。
テーブル席もあり。チャイルドチェアも用意されているので、子ども連れの人も安心して利用できます。
落語家の笑福亭鶴瓶さんと、女優の芳根京子さんのサインを発見。NHKの人気番組のロケが2017年に糸島市で行われた際、芳根さんがこの店をたまたま訪れたのだそうです。
この他にも、地元のテレビや雑誌によく登場していることから、リポーターを務めたタレントのサインがたくさん飾られていました。
席についてメニューを開くと、「まんまる食堂」のこだわりに書かれたページがありました。
「糸島雷山の甲斐じいちゃんが作る無農薬野菜、長年糸島で愛されるこだわりのお肉屋さん・やすかやさんの安心お肉。“おいしい”を掛け算してすべてを手作りし、更なる旨さを引き出す」カレー…
「子育てに頑張るお母さんに好きなものをおなかいっぱい食べてもらえるように」と、6歳未満のお子様にはミニカレー、または、その日のスープ、ご飯のサービス…
どちらの言葉も、“店主の温かい愛を感じるこだわりだな”と思いました。
こちらがメニューになります。カレー以外にも、定食や丼物、うどんなどがラインナップ。値段は手ごろで、まさに「大衆食堂」といった感じです。
今日は、これまでに1万食以上が出たという「糸島豚のカツカレー」(830円)を注文。店主の森裕美さんにお願いをして、調理の様子を見学させていただきながら、いろいろとお話をうかがいしました。
店の歴史で知る「糸島カレー」の魅力
厨房に飾られる、森さんのご両親が若かりしころの写真。ご実家が長崎県佐世保市で40年以上続く食堂を営んでいることから、森さんもよく手伝いをしていたそうです。
おなかいっぱいになって笑顔で帰る客を見ては、“食堂っていいな”と思っていたこともしばしば。それが、「まんまる食堂」の原点だったのかもしれません。
月日は流れ、森さんに2人目のお子さまが生まれた2012年秋のこと。森さんは、将来を見据えて子育てと両立ができる仕事をしようと、2人のママ友だちと一緒に移動販売で起業することを決意します。
商品は、「実家の食堂で食べた辛さから苦手になってしまった」というカレーライス。「3年後には自分のお店を開く!!」と目標を掲げ、大きな画用紙に準備リストを書いて一つずつ消してながら、開業準備を進行。並行して、周囲のさまざまな人にアイデアをもらいながら、商品開発を行いました。
こうしてリストの目標どおり、翌年の2013年4月に「まんまるカレー」という名で移動販売をスタートさせます。「まんまる」の由来は、「ママが子どもに“マンマ(ご飯)”を作って、家族全員が笑顔で“まんまる”になるように!」という願いを込めたものだそう。
紆余曲折がありながらも、なんとかカレーの移動販売は軌道に乗り、「まんまるカレー」の名は徐々に地元に浸透していきます。
毎年秋に開催される「糸島市民まつり」の目玉企画、「糸島グルメグランプリ」で 3年連続準優勝になったことも、ステップアップの大きな要因になりました。店内の一角で輝くフラッグとトロフィーがその証。こうして森さんは、起業前に掲げた目標よりも3か月早く、実店舗を構えることができたのです。
ちなみに、糸島豚のカツカレーでご飯の上に刺さっているフラッグは、初めて「糸島グランプリ」に参加した際に作ったもの。その当時は無名に近かった移動販売の「まんまるカレー」を1人でも多くの人に知ってもらいたいと、1つ1つ思いを込めて手作りしたそうです。
さて、すべてのカレーメニューの基本となる「糸島カレー」は、糸島産の食材にこだわり、仕込みから完成まで10日間をかけて作るという自慢の逸品です。まずは鶏ガラのスープに、リンゴやピーマン、長ネギなど14種の果物や野菜を入れ、1日煮て、深みのある味わいのスープを作ります。
翌日、素材のうまみがしっかりとかき混ざったところで、炒めて冷凍したタマネギと数種のフルーツをペーストにして赤ワインを加えて炊いたたものを投入。
炒めたカレー粉とスパイスを入れて味付けをしていきます。
その後、急速冷却、冷蔵庫で2日冷却、冷凍庫で3日寝かせてカレーを仕上げていきます。森さんいわく、開業前に“何か足りない”と試作品を何度も繰り返すうち、偶然、この方法でカレーにとろみが加わることを発見したのだそうです。
糸島牛と黒毛和牛のスジ肉にも注目です。何度もゆがいて洗って丁寧に下処理を行うことで脂のくさみをとり、じっくりと煮込むことで独特のうまみを引き出すところがポイント。胃もたれする心配もなく、これだけでも酒のつまみになります。
カツには、糸島豚を使用。衣はサクサク、中はフワフワの絶妙な食感になる火加減で、こんがりキツネ色に揚げた後、カレーに盛り付けて完成です。
累計販売数1万食以上を誇る「糸島豚のカツカレー」を実食!
まるで学校給食のような懐かしさを感じる配膳で、「糸島豚のカツカレー」がテーブルに運ばれてきました。それではまず、カレーライスからいただいてみましょう。
カレーはほどよく辛さはあるものの、それ以上にしっかりと、素材のうまみと甘さを感じることができます。これなら確かに、小さな子どもでも安心して食べられそう。お米は糸島産で農薬は使用せず、ミネラルをたっぷり含んだ冷たい水で育てられました。
森さんも出合ってすぐにトリコになったという、糸島豚のカツ。ジューシーで甘く、それでいて脂特有のしつこさはありません。深みのある味わいのカレーとのバランスもバッチリでした。
カレーの辛さが足りないときはお好みで、卓上にある「辛くなるスパイス」を使いましょう。テーブルにカレーが運ばれるときに店員さんが伝えてくれる、「ルーが足りないときはお伝えくださいね」という、ちょっとした気配りもうれしいですね。
カレーとセットで登場するサラダの野菜も糸島産です。みずみずしさがあって、カレーの箸休めにもバッチリでした。
「2児の母でもある私がカレー店を営むことで、子育て中のお母さんを1人でも元気にすることができたら…」と、笑顔で語る森さん。1回の鍋で130人分の仕込みを行い、店を切り盛りし、糸島市内で週2回の移動販売も行うそのアクティブさに、リスペクトを感じずにはいられません。
皆さんも糸島を訪れる際はぜひ、糸島の魅力がいっぱい詰まった“お母さんのカレー”で、心とおなかを満たしてくださいね。
紹介したお店
営業時間:11:00~15:00、17:00~20:00※月・土曜は昼のみ営業
定休日:日曜・祝日
書いた人
ニシダタケシ
福岡・九州の編集プロダクション・シーアールに所属。生まれも育ちも福岡という生粋の九州男児。
流行りもの&甘いもの好きで、嫌いな食べ物はほとんどなし。「毎日完食!」をモットーに、小さなカラダで福岡のおいしいものを食べ歩きます。
憧れの人は出身校の大先輩・タモリさん。グルメレポではたま~にデカ盛りにも挑戦しますよ!