街を歩いているとギョッとすることがたまにある。
なんだかよくわからないけど、妙に気をひかれるもの。それは建物だったり、人だったり、お店だったり、いろいろである。
で、中野にあるこのお店。
ワンコイン漢方ってなんだろう?
怪しい。
近づいてみると、店頭にところせましと大量にぶら下げられた見たこともない粉末、そしてやたらとメッセージ性の強い言葉の数々が目に飛び込んできた。
アバウトだけど結構誠実。
脱法ハーブはありません!
パワーワード「ワンコインジャンキー」。
「手軽で気楽なお店」と書いてあるが、逆に怪しすぎて近づきがたい……。
この目ぢからに、このポージング。只者じゃない。
とにかくヤバい感がビンビンに出ているが、どうやら老舗の漢方店のようだ。名前は「馬場香嶺堂薬局」。
ということで、勇気を出して店主に話を聞いてみた!(聞き手:長濱亮祐)
目次
何でこんなに安いの?
雑然とした店内から顔を出した、薬剤師であり店主の宮本篤さん。
表で「ワンコイン漢方」って書かれたのぼりを見たんですが……。
そう。ウチは漢方薬局なんだけど、ほとんど500円で売ってるの。だからワンコイン漢方。
安い! 病院だと漢方の処方は健康保険が適用されて安くなりますけど、そういうわけじゃないんですよね?
保険は適用対象外だね。他の店は漢方薬品メーカーが作った漢方薬を売ってるんだけど、ウチはぜんぶ自分で原料を仕入れて自分で調合してるの。だから安いわけよ。
宮本さんがご自分で調合されてるんですか?
そう。で、調合した粉末を小分けして、POP書いて貼り付けて。それもぜんぶ自分でやってるから。
このPOPもぜんぶ宮本さんが書いてたんですね。
そうだよ。こういうのを外注すると1個150円とか200円とかかかるのよ。でも私は自分でやってるから、そのぶん安くできるの。外注して値段を上げればいい話なんだけども、そういう商売はやりたくないんだよね。
なるほど~。お客さんのことを大事に考えられてるんですね!
小分けされた粉末の漢方薬。その一つ一つに細かい説明が書かれている。ザ・親切。
でも、全部一人でやるのってかなり大変じゃないですか?
大変だよ~! 売れればなくなるから、いつも何かしら作ってるわけ。でも、人を雇うと人件費で高くなっちゃうから。
値段が高くなるなら一人でやると。ユーザーファーストですね!
漢方の薬で埋め尽くされた店内はとにかく圧巻の一言。バラエティー番組の司会者ばりに「指さし棒」を使って漢方薬の説明をしてくれる宮本さん。けっこうお茶目。
店内の薬って、ぜんぶで何種類ぐらいあるんですか?
まあ、1000種類ぐらいはあるんじゃないかな。
そんなに!
だから、自分でもどこに何があるかわからなくなるんだよ。まあ、だいたいは覚えてるけど。トランプの神経衰弱、得意だからさ。
そういう問題?
お店の中で「これは珍しい」って商品はありますか?
そうだな~。ほとんど植物が元だけど、スッポンとかマムシ、タツノオトシゴも置いてるよ。ま、これはそのまま買うと高いけどね。
「すっぽん姿焼」「蒸焼 本まむし」は1万円。購入が決まると粉末にして売るのだとか。
まむしってさ、粉にすると面白い匂いがするんだよ。
面白い匂い?
店の奥から「まむしの粉末」を持ってきた宮本さん。
ま、ちょっと匂ってみてよ。
スゥー……。
どう?
だろ! ダハハハ!
とにかくよく笑う宮本さん。見ているこちらが幸せになってくる。
ん……これは?
ケツメイシ? 同じ名前の音楽グループがいますよね。
そうそう。あの子たち、東京薬科大学出身だからさ、年は離れてるけど私の大学の後輩なんだよ。ケツメイシは「決明子(けつめいし)」っていう薬草から名前をとってるの。
へ~! 知らなかった!
店内には漢方薬だけではなく、茶葉や、
カレー粉や、
宮本さん特製の精力剤も置いてある。
何年か前には、テレビ番組の「めちゃ×2イケてるッ!」や「おじゃMAP!!」が取材に来たこともあるのだそう。それも納得の品揃えだ。
ワンコイン漢方を始めた理由
そもそも何でワンコイン漢方という業態を始められたんですか?
漢方の業界ってさ、ブライダルとか葬式なんかと一緒で、値段がけっこうアバウトなんだよ。だから業界全体で、だいたいこれぐらいにしようって感じで値段を決めてるの。でも、それはすごく高いわけ。で、さらに客に対して「これは長く飲まなくちゃダメ」とか「半年単位じゃないと売れない」とか言って、ぼったくってるところが多いのよ。
え、そうなんですか!?
「ローン組みますよ」とか言って、大金使わせて。逃げられないように仕向けてさ。もちろんすべてがそういう店ではないけど、ぼったくりがこの業界にはびこってるんだよね。でも、ウチはぼったくりはやりたくないわけよ。
宮本さんの怒りがこめられたPOP。
それでワンコイン漢方を始めたんですね。
まあ、そういうこと。あんまり儲からないけどね。でも、ふつうの店だった頃は敷居が高いと思われてたけど、今は敷居なんてないから。なんか知らないけど、店の前を通った人がみんな「ヤバイヤバイ」って言ってるよ。
たしかに「ヤバイヤバイ」ですね。すごくわかります……あのー、さっきから気になってるんですけど、これ、なんなんですか?
さそりだよ。塩が効いてて、おつまみにちょうどいいんだよ。
さそりがおつまみ? ヤバイヤバイ!
いいからいいから。ほら、食べて。
ええっ!
人生初さそり。恐る恐る口に入れてみた。
んん? スナック菓子みたいな食感してる。たしかに塩が効いててけっこうおいしい!
だろ。
馬場香嶺堂薬局の歴史
さきほど、「昔はふつうの店だった」と言ってましたけど、いつ頃からワンコイン漢方を始めたんですか?
ワンコインの業態にしたのは10年ぐらい前。それまではふつうの漢方薬局だったの。
そうなんですね。この店自体は、いつぐらいからやってるんですか?
大正12年に創業だから、もうすぐ100年。ちょうど関東大震災が終わったぐらいからだね。で、私は三代目なの。
大正12年! かなりの老舗ですね~。
そうなんだよ。最初は薬局じゃなくて「馬場商店」っていう商店だったの。日本橋にあってさ。そこからずっと続いてることになるね。「馬場」っていうのは、一代目のおじいさんの名前。そこに婿養子に来たのが「宮本」っていう私の父。父が二代目で、私が三代目。
なるほど~。
そんで四代目はいまオーストラリアに行っちゃってるの。
なんと!
ま、私の娘なんだけど今、向こうの男と暮らしててさ。まあ事実婚みたいな感じ。戻ってくるのかこないんだかわかんないけど漢方に興味はあるみたい。向こうで仕入れとかしてくれてるけど、継ぐかどうかわかんないんだよね~。
あら~。仕入れって、オーストラリアでも漢方の原材料が売られてるんですか?
中華街にあるらしいんだけど、すごくぼったくるみたいよ。
そこでも!
ウチはさ、一代目のおじいさんが「医は仁術。算術ではない」って言ってたからさ。あくどいことはしないんだよ。
約60年前の馬場香嶺堂薬局。人にも店にも歴史あり。
「医は仁術。算術ではない」って、いい言葉ですね。
でもおじいさん、商売はあまりうまくなかったんだよね。で、二代目のうちの親父は商売がうまかったの。
客からは見えないところに、宮本さんのお父さんである二代目の写真が大事そうに飾ってあった。やさしそうな人柄がうかがわれる。
若い頃の宮本さんと、そのお父さん。まだワンコインの業態ではない。
商売下手だけど客思いのおじいさんから、商売上手なお父さんに。そのバトンタッチがあったから、店としてうまくバランスが取れてたのかもしれないですね。なんかいい話だ。
親父の代のときは、お金持ち相手の商売をしてたの。一人来れば1万から2万もらう、みたいな。売り上げもよくてね。だけど、世の中がだんだん不景気になってきて。
ええ。
最後のほうは親父、別に女つくっちゃって。
え?
女にじゃんじゃんお金貢いでさ。トータル1億ぐらい使っちゃったんだよ。年をとってから「人生は金だ。金を出せば女はどんどん来る」なんて言い出して。
全然いい話じゃない!
どんどんお金使っちゃうから、年中無休にしたんだよ。それでもつぶれそうだったんで、こういうふうにワンコインにしたってのも理由の一つ。
いろんな理由があったんですね……。
で、年中無休で働いてたから、私も体壊しちゃってさ。いま、人工透析なんだよ! ダハハハ!
めっちゃ笑ってる!
雪崩に気をつけながら、店の奥へ!
薬の調合もここでやられてるんですよね? よかったら見せていただけますか?
まぁいいけど、けっこう大変だよ。気をつけないと雪崩が起きちゃうから。
雪崩?
とにかくついてくればわかるから。
じゃ、おじゃましま~……おおっ。
これは、なんていうか、その……。
ワ、ワンダーランドですね!
宮本さんを追ってワンダーランドの奥の奥へ。そこに調合室はあった!
いらっしゃい。いつもここで漢方の調合してるんだよ。テレビが取材に来るとさ、片付けようとするんだけど「これがいいんです! このままにしてください!」って言われんだよねー、ダハハハ!
必要な原料を取り出して、
粉を調合して、
パッケージに入れれば完成。
ちょっと気になったんですが、ここに書いてある「散」とか「湯」ってどういう意味なんですか?
「散(サン)」は原料を粉末にしたものって意味。「湯(トウ)」は原料を煎じて煮たものって意味だね。ウチは「散」しかやってないんだよ。原料のままだから、よく効くんだ。
へ~!
漢方ってのは、もともとは中国から入ってた中医学が原点なんだけど、そこから日本で独自に発展したレシピなんだよ。昔から今までの間に淘汰されて生き残った薬のレシピ、それが漢方なの。
どんなお客さんが来るの?
どういう人が買いに来ますか? 常連さんが多そうだなと思ったんですが。
いろいろだね。松本とか名古屋とか、遠い所から来てくれる人もいるよ。東京出張があった時、ウチに寄ってくれたりとかね。
それだけ信頼されてるんですね。
あとは天気とか時間帯によって、来るお客さんも違ってたり。
天気? 時間帯?
雨の日だと、いろいろなことを聞いてくるお客さんが多いんだよ。他のお客さんが少ないからいっぱい聞こうとするの。あと閉店間際だと、鬱やパニック障害で悩んでるお客さんが来るよ。やっぱり人がいなそうな時間帯に相談したいんだろうね。
あー、その気持ちわかります。
店に入ってくるときは、すごく深刻な顔してるんだけどさ、帰るときは笑ってる。そういうのを見るとうれしいね。
いい人だ……!
ま、でもいいお客さんばかりじゃなくてさ。ほら、私はいつも店の奥で薬つくってるからさ。気づかないうちに万引きされちゃうんだよ。
ひどい!
そうだろ? お客さんが入ってきたら、だいたい20分とか30分とかいるからさ。
このお店、いろいろ見たくなりますからね。
でも、こっちはずっとお客さんのこと見てられないから。で、店の奥で調合してたら薬持ってかれちゃったりするんだよ。一番ひでえのは、「何に効くんだ」とか「どれがいいんだ」聞いた後に万引きしていく奴。それは本当に頭にくるよ。
ひどい話ですね……。だから店内にいろいろ貼り紙してあるのか。
そうそう。
店内を見渡して宮本さんがいなかったら、万引きするのではなく、このラッパを鳴らして呼び出そう。
「プレゼント券」もくれる良心的な漢方薬局
あの、最後に僕も漢方を買いたいんですが……。
何? どっか悪いの?
最近、頻尿で困ってまして……。前立腺炎みたいなんです。
だったらこれだね。
ありがとうございます! じゃ、500円。
はい。これプレゼント券ね。12枚たまったら500円分無料になるから。
こんなサービスまで! 店と顔は怪しいのに、なんてやさしい店!
中野の怪しい漢方のお店「馬場香嶺堂薬局」の店主・宮本さんの歴史、それは、ぼったくり店やとにかく女にお金を貢く父、透析治療、万引き犯、それらとの戦いの歴史だった。だが、その根底にあるのはお客さんを健康にしたいという思い。
「医は仁術。算術ではない」
みなさんも中野に来たら、宮本さんの笑顔を見に行こう。
そしてワンコインで何か試しに買ってみよう。
もちろん万引きはNG。見つけたら宮本さんが映像を公開します!
紹介したお店
店名:馬場香嶺堂薬局
住所:東京都中野区新井1-11-7
TEL:03-3386-2270
営業時間:
月・金・日 13時~20時
火・木・土 16時~20時
定休日:水曜
URL:http://koureidou.world.coocan.jp/
※掲載された情報は、取材時点のものであり、変更されている可能性があります。
筆者プロフィール
長濱亮祐(ながはま・りょうすけ)
脚本家・ライター。猫と野球が好きです。
Twitter:@nghmrsk
編集:宇内一童(ノオト)