こんにちは、気温の変化についていけず、すっかりバテているライターの玉置です。
今回は疲れきった体でも無理なく吸収できるような、今すぐ食べたい優しい味の南インド料理店をご紹介します。
ひょんなことから知り合ったダジャレ好きの沼尻さんという方が、「ケララの風 II(ツー)」という南インド料理店を大森でやっているというので、たまには本格的なカレーでも食べようかな~と軽い気持ちで来てみたのですが、これが私の知っているインド料理は全く違うものだったのです。
南インド料理の詳しい説明は記事の後半でするとして、まずはランチを食べてきた様子をご覧ください。
南インドの庶民派な定食、それがミールス
▲お店の外観。まさかこの扉の向こうが南インドへ繋がっていたとは。
▲ミールスというランチと、ティファンと呼ばれる軽食メニューがある。営業時間は金~月曜日の11:30~16:00(ミールスのラストオーダーは14:30)。
店内は一見すると普通のカレー屋さん、あるいは洋食屋さん風の作りですが、ちょっと違うのはトイレ以外にも手を洗う場所が用意されているところ。
これは手で食べる人への配慮だそうで、内装工事をするときに業者の方から「水道がなければ座席がもっと増やせますよ!」と言われても、絶対に譲れなかったポイントだそうです。
▲こってりとしたビーフカレーが出てきてもおかしくない店内。
▲座席スペースを減らしてでも用意したかった水道。
私が注文したのは、ほとんどのお客さんが注文するという「ミールス」という週替わりのランチで、ざっくりいうと南インドの定食屋で食べられている、庶民派ランチといったもののようです。
本格的なカレー屋のランチというと、マトンやチキンの入ったコッテリしたカレーにナンという組み合わせをイメージしますが、ここの料理は全く違いました。
ほら、全然違うでしょう。
▲これがミールス。肉類が使われていないのでベジタリアンの方でも大丈夫。
野菜、穀物、乳製品、そして多種多様なスパイスで構成された料理達は、どれも味の想像が全くつきません。すべての料理名が書かれた紙があっても、見事なまでに聞いたことのないメニューばかり。
量がちょっと少ないと思うかもしれませんが、ご飯もおかずもおかわり無料なのでご安心ください。この食べ放題スタイルは、「南インドのミールスとはそういうものだから」という店主のこだわりだそうです。
▲ご飯以外は聞いたことのないメニューばかり。
▲写真にするとこんな感じでしょうか。やっぱり見たことも聞いたこともないメニューばかり。
▲料理の情報は店主の沼尻さんから補足していただきました。
今まで食べてきた「カレー」とぜんぜん違う…!
それでは一品ずつ味を紹介していきます。よろしければ私のつたないコメントから味を想像してみてください。そして実際に食べに行ってみてください。
慣れ親しんだカレーの味とは全く違う、新鮮な驚きが待っていますよ。
▲バナナのカーラン。バナナとヨーグルトをスパイシーに煮たもの。スパイシーなヨーグルト味のバナナって想像できますか?
▲キャベツのトーレン。キャベツとココナッツの果肉(胚乳部分)を炒め蒸しにしたもの。見た目はコールスローなので、食べると頭が混乱します。
▲オーラン。冬瓜のココナッツミルク煮。冬瓜はインドでもよく食べる野菜だそうで、日本の煮物に通じる薄味ですが、ダシではなくスパイスで味わいます。甘く煮ていない小豆がまたうまいんだ。
▲ラッサム。南インドを代表する酸味と辛味が特徴のスープ。粉末ではなくホールのスパイスならではの刺激がガンガンに攻めてきます。
▲カード。食事の締めとしていただくヨーグルト。口がさっぱりとする味。
▲サンバル。野菜と豆のスパイシーなスープ状のおかず。肉類は入っていないけれど、たっぷり入った野菜の旨味で物足りなさを感じません。
▲ご飯は湯取り法(多めの湯で米を茹でて、後から余分な煮汁を捨てる方法)で炊かれたパラパラのインディカ米。上に乗っているのはダールという煮豆料理。
▲パパダム。豆から作られたせんべい。塩気が適度にあって、そのまま食べても、おかずと食べても、砕いてご飯と混ぜてもうまい。
▲赤いのがアチャール。おばあちゃんが作る梅干しのような存在感で、キリっと辛く酸っぱい。白いのはココナッツ・チャットニー。ポテトサラダのようなホッとする味。
これらを単独で食べるのではなく、プレートの上で混ぜながらいただくのがミールスの正しい食べ方。
それぞれが初めての味なのに、それが混ざり合うことで、さらなる無限の広がりを体感することができます。これぞ食のカルチャーショック!
▲混ぜて食べるのが正解!
どうでしょう、ミールスの味の想像はできたでしょうか。南インド料理は初体験だったのですが、キャベツや冬瓜のように食材自体は馴染みがあっても、それが食べたことのない味で、そしてちゃんと美味しいという事実に脳味噌が刺激されまくる訳です。
野菜が中心なので、たくさん食べても胃がもたれる感じは一切なし。それでいて満足感はたっぷり。しっかりスパイスは効いているけれど、それほど辛くはない料理がほとんどです。
▲サラサラのご飯がおかずの汁を吸ってうまくなるんですよ。
夢中になって一通りの味を楽しんだところで、おかわりをいただきました。もちろん全種類です。
普通、おかわりはお腹を一杯にするためのものですが、ここでのおかわりの意味はそれだけではないように思えます。続けてもう一度食べることで、南インド料理の味をより深く理解できたのです。
2回目はもちろん味を知っているので驚きは少ないのですが、2回目だからこそより美味しく思えました。音楽でも落語でも、2度、3度と繰り返して聴くことで、ようやく理解できる部分というのが必ずありますが、まさにそれ。人間だって1回話したくらいではわからないじゃないですか。
▲おかわりはすべて食べ放題!
この食材とこのスパイスを組み合わせる意味だったり、料理どうしを混ぜ合わせるベストバランスだったり、ミールスが語りかけてくる会話の内容を少しずつ理解できるようになるのが本当に楽しい。
とかいって、私がちゃんと理解できているかは謎ですが、3回目のおかわりをするころには、ミールスから吹いてくる南インドの風を、多少なりとも感じられたように思います。
▲この日は席に余裕があったので、食後にシナモンの効いたチャイを飲みながら、沼尻さんがインド旅行に行った時のアルバムを見せていただきました。
▲現地で食べた料理が事細かに記されています。
▲赤シャツのおぢさんは、ピースサインの代わりに舌を出すそうです。
「すべての食べものはカレーであり、すべての食べものはカレーではない」
ここから先は余談になりますが、私にとってはかなりの衝撃だったランチから数時間後、今度は営業時間外にじっくりと話を聞くために、ケララの風IIへとふたたび戻って参りました。
▲「せっかくだからミールスとは違う料理を少し作りましょうか」
この記事を読んでいて、もしかしたら沼尻さんのことをインド人だと思っている方がいるかもしれませんが(店に訪れたインド人からは「ケララ州から来たのか?」と何度も聞かれたそうです)、あくまでダジャレ好きの日本人。
ではいったい、どんな流れで南インド料理店を始めるに至ったのでしょうか。ティファン(軽食)メニューをいただきながら、じっくりと話を伺いました。
赴任先のケララ州で初めてミールスに出会う
沼尻さん「商社でサラリーマンをしている時に、南インドのケララ州にたまたま赴任したことがきっかけです。1980年代、28~31歳にかけてかな。扱っていた商材は、スパイスではなくて、お墓に使う御影石とか鉱物のガーネットとか。南インドは良い石が採れるんです。だから今でも墓石にはちょっとうるさいですよ。
当時は本場のインド料理なんてほとんど食べたことがなく、どんなものかもろくに知らないまま赴任したんだけど、最初は今の日本でよく食べられている、ナンで食べるカレーみたいなインド料理ばかり食べていました」
▲ケララ州はここにあります。
沼尻さん「そのとき食べていたのは、インド北部のパンジャブ州の料理や、ニューデリーを中心に栄えたムガール王朝の料理で、ナンやチキンを焼くタンドール(大きな土のかまど)を使うのが特徴。なぜそれが広まったのかというと、インドの高級ホテルを利用するような白人が好きなのは肉とパンだから。タンドリーチキンとナンみたいに、タンドールを使った料理なら食べられると高級ホテルで大流行したんです。
でもこれはインドの庶民には縁のないクラスのレストランで出す料理だから、いまだにナンを知らないインド人も多いですよ。見せても『ナンだこりゃ?』っていうよね」
▲日本にあるインド料理店の多くは、北インド料理を出す店だそうです。
沼尻さん「インドは北と南で文化が大きく違います。言語が違うし、人種も違う。
ヤシの木がたくさん生えている南インドのケララで、北部のインド料理を毎日食べるというのは大変です。まずいのではなく、体に負担が掛かる。そんなときに、地元の食堂でミールスに出逢って、救われた気がしてね」
▲これはワダといって、ウーラッドダル(黒もやしになる豆の粉)でできたドーナツのようなもの。甘くはなく、タマネギやショウガ、コリアンダーが入って、しみじみうまい。
沼尻さん「ミールス(meals)というのは、英語の辞書だと食事とか定食っていう意味だけど、俺の説はちょっと違う。オートミールってあるでしょ。あのミールの複数形じゃないかな。
白人からみると、パン以外は知らない食べ物だから、現地の人たちが食べている米とか豆とか、それらを食べる食事をまとめてミールスって呼ぶようになったんだと思うんだ」
▲ドーサというウーラッドダルと米の粉を発酵させた生地を薄く焼いたもので、これもティファン(軽食)。
沼尻さん「今日もミールスで出したけど、冬瓜や小豆など、日本の食べ物というイメージがある野菜も、実はインドでもよく食べる食材が多い。
肉類を使わないのは、特別にベジタリアン向けという訳ではなく、むこうでの普段の食事がこうだから。ケララはクリスチャンも多く、95%がノンベジタリアンだけど、それでも一般の人は普段の食事ではあまり肉を食べません」
南インドの人たちがいつも食べる料理だからこそ、沼尻さんが毎日食べても飽きず、体調も改善されて、その魅力にハマっていったのだろう。肉類を使わない食事という意味では、日本の文明開化前の料理に近いのかもしれない。
沼尻さん「この店には在日インド人はもちろん、ベジタリアンの方、普通のサラリーマンなど、いろんな人がきます。インドの料理なのに、ご年配の方が食べると懐かしい味がすると喜んでくれます。精進料理に近いからか日本のお寺さんの方も多いですよ」
▲日曜日限定で、チキンビリヤニもやっています。
日本に帰国後、南インド料理を研究しまくる
沼尻さん「帰国後、向こうの料理は日本ではほとんど食べられなかったので、現地の本を翻訳して、自分でレシピを覚えたの。俺はちょっとおせっかいなところがあって、みんなの知らないこの南インド料理を知ってもらおうと、インターネットを通じて知った人達にメールを出して食事会をやりました。会社員をやりながら250回くらいかな。
ウィンドウズ95だか98だかの時代で、まだ現地の食材が今ほど手に入らないから、近所に畑を借りてスパイスとかインドの野菜を育てたりもしたよ。芋虫とか大の苦手なのにね」
ものすごい勢いの布教活動っぷり。すべての原動力は、食い意地だそうです。
沼尻さん「そうこうしているうちに会社員がやんなっちゃって。56歳の時に子供が独立したから会社やめるかなーって話になって。
この店は妻の実家なんだけど、義兄が大衆食堂をやっていた場所で今は空いているから、ここだったら妻もいいよって。持ち家だし、ダメでもまあいいかなって思って始めたけど、もう10年目。最初は日本人のシェフが調理をしていたんだけれど、南インド料理の知名度もないし、なかなかうまくいかなくて。だから夫婦二人ならどうにかなるだろうと、自分で調理をやることにしたんです。そのタイミングで店の名前を『II』にしたの」
▲日本ではなかなか手に入らなかった、南インド料理に必須のカレーリーフの栽培にも尽力していたそうです。
沼尻さん「この店は日本人の味覚に寄せてるの?ってよくいわれるんだけど、一切それはない。俺はここがインドだと思っているから。このままインドに店を持って行っても、勝負になるつもりで作っています。
インド人がぷらっときても、向こうと同じ味だって言ってくれますよ。もちろん、すべてのインド人を満足させる味というのは存在しないから、南インドの人向けだけどね。北の人には合わないだろうな」
▲ケララ州の新聞社に、日本で本場の味が食べられる店として紹介されたこともあるとか。
「カレー」とは概念である
――最後に初歩的な質問をさせてください。この店のミールスって、カレーなんですか?
沼尻さん「俺はカレーっていう食べ物は世の中にないという立場なの。世界中にカレーなんて料理はない。カリっていう単語はあるけれど、おかずとか、辛いものとか、そういうざっくりした意味。
カレーという言葉はイギリス人が作った言葉で、勝手に呼び出したんだと思うよ。イギリス人向けのミックススパイスができて、それがインド料理パウダーだとわかりにくいから、カレーっていう言葉が必要だったんだよ。
でもカレーにはどんなスパイスを入れなければいけないという決まりはないでしょ。時代や地方、あるいは人によって、カレーの定義は変わるもの。例えば魚のカレーって言われて、北と南では頭に浮かぶ料理が全然違うと思います。それでもカレーといえば、言葉や食文化が違っても、なんとなく通じるものがあるんですよ。カレーとは、概念に近いものかもしれません」
うーん、深い。日本人でいえば、たとえば『鍋』と言われて、秋田の人がきりたんぽを想像して、博多の人がもつ鍋をイメージするようなものなのかもしれない。全然違うけど、どちらも鍋。いや、もっと幅が広いのかな。
▲楽しい話をありがとうございました!
沼尻さん「たとえば日本人が牛丼を食べている、うなぎを食べている、焼き鳥を食べている。それをインド人が見ていると、『あのカレーはうまそうだな!』となる。中華料理でチンゲン菜のクミン炒めを頼むでしょ。それは中国人が食べれば中華料理だし、インドで出されたら、チンゲン菜のカレーだって思うんだよ。だから、カレーっていう言葉の意味はうやむやにしておいた方がいいんですよ。って私は思いますけどね」
――ミールスをカレーと呼んでも間違いではない?
沼尻さん「お店に来たお客さんにね、『カレーください』っていわれると、カレーはないよって答える」
――やっぱりカレーじゃないんだ。
沼尻さん「いや、カレーです(笑)」
すべての食べものはカレーであり、すべての食べものはカレーではない。沼尻さんの謎かけの意味は、この店のミールスを食べることで、少しだけ理解できるかもしれません。
紹介したお店
ケララの風 II
住所:東京都大田区山王3-1-10
TEL:03-3771-1600
プロフィール
玉置豊
趣味は食材の採取とそれを使った冒険スペクタクル料理。週に一度はなにかを捕まえて食べるようにしている。最近は古い家庭用製麺機を使った麺作りが趣味。
ツイッター:@hyouhon
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製麺活動:趣味の製麺