【今回お話を聞くのは…】
「Bakery Cafe&Restaurant Wao」をはじめ、いくつもの飲食店を経営してきた青年実業家でありながら、一方で神奈川県横須賀市のお寺・浄楽寺の副住職(!)を務める土川憲弥(つちかわかずや)さん。実業家と僧侶――縁遠いように思える2つの職業を兼ねることになった背景には、土川さんが歩んできた激動の人生がありました。
土川さんはなぜ仏門へ入られたのか。どうして横須賀の地に「Bakery Cafe&Restaurant Wao」をオープンされたのか。
実業家 兼 僧侶・土川憲弥さんの人生を追いかけると、2つの職業の共通点も見えてきました。
目の前に広がる海!最高なロケーションのお店にやってきました
はぁ~……。
さわやかな海風が気持ちイイ~……。
最高に癒されるー!
おっと、すみません。あまりの開放感にすっかりひたってしまっていました。天然氷で作ったふわっふわのかき氷をいただきながら失礼します。
わたくし、マルコと申します。普段はカフェオレ・ライターというブログをやっております。
今回はこちらの……。
「BakeryCafe&Restaurant Wao」(ベーカリーカフェ&レストラン ワオ、以下Wao)にやってきました!
神奈川県横須賀市の海沿いに佇むレストランで、絶景のオーシャンビューを堪能しつつ焼きたてのパンとおいしいフレンチ&イタリアンを楽しめるお店。電車なら京急久里浜線 津久井浜駅から徒歩7分です。
冒頭の写真でおわかりかと思いますが、控えめに言って最高のロケーションです!
そんなWaoを4年前にオープンさせたのが、オーナーの土川憲弥(つちかわかずや)さん。これまでにいくつもの飲食店を経営してきた31歳の若手実業家です。
土川さん! 本日はよろしくお願いします!
「いらっしゃいませ」
!?
思わず「おおっ……!?」と声を上げてしまいましたが、実は土川さん、レストラン経営者以外に僧侶としての顔を持つ人物なのです。
筆者は事前に聞いていたにもかかわらず、こうして法衣姿を拝見すると背景とのギャップに驚いてしまう!
……まぁ、僕がリクエストしたんですけどね!
それはともかく、どうして土川さんは飲食店経営と僧侶を兼職されることになったのでしょう?なにゆえその組み合わせになったのか……。
そんなわけで、今回はWaoのおいしい料理をいただきながら、実業家 兼 僧侶である土川さんの波乱万丈な人生に迫っていこうと思います。
……ただ、僕は仏教のことはまったくわかりません。
そこで、今回は特別に長野県塩尻市 浄土宗善立寺・副住職の小路竜嗣(こうじりゅうじ)さんにもお越しいただきました!
お二人は同い年であり、修行時代は同期として机を並べていらっしゃったという間柄。
さらに、土川さんは実業家、小路さんは元エンジニアで、お寺の生まれではなく奥様とのご結婚を機に仏門に入られたという共通点があります。これはおもしろい話が聞けそう。
……すみません、かなり前置きが長くなってしまったのですが、ちゃんと説明しておかないとわけがわからないことになると思ったのでご容赦ください……!
21歳で経営者に。1人になったとき、ふと仏教と出会った
それではさっそく仏門に入る前のお話から聞かせていただきましょう!
21歳でオープンした「海の家」で商売の楽しさに気づく
もともと公務員のご家庭に生まれたという土川さん。大学は工業大学のデザイン系の学部に進学したものの、早く働いて稼ぎたいという思いから中退されたそうです。
「デザインの勉強になるかなと思って看板屋さんに就職したら、現場に回されて、ずっと肉体労働をしていましたね。そのあと1年くらいで独立して、友だちと一緒に仕事をしていたのですが、ちょうどテレビを見ていたら海の家特集をやっていたんです。それを見たときに、『これ、いいじゃん!』と思ったんですよ。で、21歳のときに海の家をオープンさせて、毎日楽しく飲んだり騒いだりして過ごしていました」
「ちょ、ちょっと待ってください……!まだ仏教の話が微塵も出てきていないのに、いきなり情報量が多くて軽くパニックです。
つまり、大学中退→看板屋に就職→看板屋として独立→友だちと海の家をオープン……ということですね?」
「そうですね。海の家をやっているときに、そこで妻と出会って、23歳で結婚したんです。そのとき、ちょうどバーをオープンしたところで……」
「待って。展開が速すぎる」
「海の家ですっかり商売が楽しくなっちゃって。だけど、料理もまったく作れなかったから、新しくバーをオープンしても最初はなかなかうまくいかなかったんですよ」
一人ぼっちになったときに出会ったのが仏教だった
6人の仲間と共にバーを始めた土川さん。しかし、店が軌道に乗らなかったことで、仲間たちはだんだんと土川さんのもとを去ってしまったといいます。
「あんなにたくさん仲間がいたのに、一時期は一人ぼっちになってしまった。そこで気づいたのが、幸せの形は一人ひとり違うんだということです。それまで仲間たちと同じ方を向いてやってきたから、幸せの感覚も似ていると思っていた。だけど、違ったんですよね。じゃあ万人が幸せになる方法ってなんだろうって考えたときに、仏教に出会ったんです」
「うーむ、深い……」
「妻は4人姉妹なので、お寺にはあと継ぎが必要でした。そこで、私が名乗り出たのです」
「でも、それまで仏教には縁がなかったわけですよね。悩みがあったにせよ、ものすごく決断が早いような……。海の家といい、バーといい、仏門に入る決断といい、ぜんぶ勢いがスゴすぎません?」
「そうですかね?昔から物事をあまり深く考えないたちなんですよ(笑)」
「ちょっと僕のような凡人には考えられないスピード感ですよ。
ところで小路さんは土川さんと同い年とのことですが、20歳前後はまだ大学生ですよね?」
「そうですね、私はごく普通の大学生でしたよ。生まれもお寺ではなく、一般的な家庭でしたし」
「小路さんが仏門に入られたのは?」
「私は大学卒業後に某大手電機メーカーにエンジニアとして就職したのですが、妻……当時の彼女がお寺の一人娘だったことから、(他の男性と)お見合いさせられそうになったんですよ。それを聞いてすぐエンジニアをやめて、『オレがあとを継ぐ!』と結婚を申し込んだんです」
「ヒュー!かっこいいーーー!」
「そのリアクションは恥ずかしいのでやめてください」
「まぁまぁ。お二人とも生まれはお寺ではなかったという共通点があるわけですよね。そういった方が婿入りしてお寺を継ぐというのは一般的なことなのですか?」
「いや、少ないと思いますね」
「修行時代もお寺の子息がほとんどでしたね。私たちのような者は少数派でした」
「やはりそうなんですね……そんな希少な存在がここに2人もいるとは」
地獄の修行を経て僧侶に。経営者としても新たな展開を迎える
さて、いよいよ仏門の道に入られたお二人が初めて出会うことになります。
と、そのお話の前にお料理をいただきましょう!
まずはこちら!「とれたて地元野菜と新鮮魚介のサラダプレート」(1,580円)です。
契約農家からその日に仕入れた新鮮な地元野菜に魚の付け合わせ、そしてお店自慢のバゲット!
にんじん嫌いのお子さんでもおいしく食べられるという三浦にんじんの自家製ドレッシングをたっぷりかけて……。
う~ま~いっ!!
これはおいしい!人気メニューなのもうなずけます。野菜はみずみずしく歯ごたえもシャキシャキして新鮮! "採れたて感"がたまらない。魚の付け合わせもホクホクして最高だ……これをオーシャンビューで食べられるなんて贅沢すぎる……。
おっと、いかんいかん。夢中になってしまってインタビューを投げ出すところだった。土川さん、小路さん、次は修行時代のお話を聞かせてください!(フォークを動かしながら)
とにかく最初の1週間がキツかった修行
「最初の修行は京都の知恩寺でしたよね」
※知恩寺:浄土宗大本山百萬遍知恩寺。ちなみに京都大学の近くにあります。
「そうそう! "地獄の知恩寺"ね(笑)」
「そ、そんなこと言っちゃっていいんですか……?」
「もう、それくらい厳しかったんですよ」
「私、修行のモチベーションが『妻にはこの修行をさせたくない』でしたからね」
「もし小路さんが継がなければ、奥様が尼僧になって修行に入った可能性もあるのか……」
「私と土川さんは同期で、2012年の2月に修業に入ったんですよ。そこから2年くらいかけて僧侶としての知識や法要の仕方を学ぶのですが、とにかく最初の1週間がきつかった!」
「板の間に正座しなきゃいけないんですよね。これが辛いんですよ」
「お寺には椅子がないんですよ。先生が許可すればあぐらは許されるんですけど、あぐらをかくと今度は腰が痛くなるんですよね」
「そうそう! 足を伸ばしたらめちゃくちゃ怒られるしね(笑)」
「そんな中で唯一の楽しみは食事でしたね」
「おおっ。みんなのごはん的には、ぜひそこを詳しく聞いてみたいですね! ザ・修行メシ!」
「ご飯はけっこうしっかりおいしいものを出してくれるんですよ。修行中の楽しみはご飯しかないっていうことを先生もわかっているので……」
「全体的には質素ではあったけど、肉や魚も出たよね。それから熱い味噌汁!」
「最高じゃないですか!」
「でも、熱い味噌汁を熱いまま飲めないんですよ……」
「そうだったね……」
「えっ、なんですか。なんで急にテンション下がるんですか?」
「ご飯を食べる前にね、読経があるんですよ」
「読経……?」
「お経を読むんだけど、その日の担当が間違えたりつまったりするとやり直しになるんです。で、特に最初の頃は間違えるのが当たり前だから、食べられるようになるときには味噌汁はすっかり冷めてしまって……」
「Oh...それは……」
「食事の時間も決められていて、読経が伸びたらその分食事時間が減るんです。だから読経でつまずくと1分で食べ切らないといけないなんてこともザラでしたね」
「残してもだめだからね」
「1分とか明らかに無理じゃないですか……?」
「ところが、これができるようになるんですよ」
「蓋を開けた瞬間、どのおかずが何口で食べられるかを瞬時に見抜く能力はずいぶん鍛えられましたよ」
「何の修行だ」
「で、その後は他のお寺でも修行して、2013年12月の最終試験を経て、晴れて僧侶になったわけです」
「2年間ずっとお寺にいるわけじゃなくて、その期間が終わったら一旦お寺を出るんです。だから修行が終わったらお店に戻っていたんだけど、そのたびにスタッフからは『なんか後光がさしている気がする』って言われてましたね(笑)」
「やっぱり精神的な変化が伝わるんでしょうか?」
「土川さんは人に任せるのがうまいですよね。だから自分がいなくてもお店が回る。このお店もそうですよね」
「なるほど。だからこそ、飲食店オーナーと僧侶という2つのお仕事を両立できるんですね」
「そうですね。結局バーは3年たってから移転して、世界のビール専門店としてリニューアルオープンしたんです。その後、ステーキも取り入れてやっていたんですが、ちょうど先月お店をたたみまして。海の家も閉めたので、今はこちらのWaoだけですね」
Waoは子ども連れにもやさしいレストランを目指した
「ちなみに、Waoはどういったきっかけでオープンを?」
「4年くらい前、海の家も閉めたし海沿いでお店をやりたいなーと考えていたのですが、ドライブで通りかかったときに、たまたまこのお店の場所が貸しに出されていて、その場で電話して押さえたんです」
「またそうやって!行動の速さは相変わらずですね」
「それから半年間、立地調査をしてお店を出しました。最初は天然酵母の焼き立てパン食べ放題のお店をやりたかったんだけど、友だちのパン職人に聞くと、それはものすごく大変だと。それで、フランスやドイツなど現地の材料で現地の職人が作った本格的なパンを輸入して、焼きたてで提供することにしたんです」
「焼きたてのパンって最高においしいですもんね……。そこからなぜレストラン業態に?」
「ちょうど娘が2歳くらいだったのですが、それくらいの子どもを連れて入れるおしゃれなレストランって少ないんですよ。それなら、自分がそんな子連れママさん歓迎の本格派レストランを作ろうと考えたのです。コンセプトは"ママさん応援団"ですね」
「なるほど。このクラスのレストランではあまり見ないキッズスペースが用意されていたり、幼児教室を開催されていたりするのは、そういった思いがあるからなんですね」
「それ、子どもを持つ身としてはものすごく嬉しいですね。キッズスペースがあるかどうかってすごく重要ですもん」
「店内も広々していいですよね」
「子ども用の椅子が出せるように、そういう設計にしてあるんです」
「なるほど……!」
ここで最後のお料理「本日のとれたて鮮魚のムニエル プロバンス風」(1,600円)をいただきます!
とれたての新鮮な魚をムニエルにして、これまた採れたて野菜を付け合わせに。肉厚な魚のうまみを香り高いソースが引き立てます。
こんなのどう考えてもおいしいに決まってる……。
土川さんは先ほど、「一人ひとりの幸せの形は違う」と言われましたが、今この場において僕の幸せの形はこの料理ですよ!
さらにさらに……。
最後に冒頭でもご紹介した「天然氷のかき氷」(1,000円)。南アルプス、八ヶ岳の蔵元 八義(やつよし)から直接仕入れた天然氷で作る究極の一品です。
天然氷っていっても要するに普通の氷でしょ……って思っている人がいたら、ぜひこちらのお店で食べてみてください。マジでかき氷の概念が変わりますから。
いちごのソースは地元の契約農家から届いたいちごを贅沢に使って仕上げたもの。
そして練乳はお店で作っている自家製!
ふわふわの天然氷と贅沢ないちごソース、そして自家製練乳……これらが三位一体となって醸し出す味わいはまさに……。
極楽浄土!
・
・
・
・
・
・
いや、すみません。おいしいものを食べすぎて昇天しかけてました。
土川さん、小路さん、本日は興味深いお話ありがとうございました。
横須賀の海沿いに佇む「Bakery Cafe&Restaurant Wao」。海が見えるわ、料理はおいしいわ、小さなお子さんがいるご両親にうれしいお店作りだわ、と盛りだくさんでありました。
僧侶とレストラン経営者という組み合わせ、最初に聞いたときは何事かと思いましたが、どちらも人の幸せに関わる職種という意味では似ているのかもしれません。
Waoでは今日もたくさんの子どもたちの笑い声が聞こえています。
紹介したお店
BakeryCafe&Restaurant Wao(ベーカリーカフェアンド レストラン ワオ)
住所:神奈川県横須賀市津久井1-3-6
TEL:046-874-8237
著者プロフィール
マルコ
ブログ「カフェオレ・ライター」を2001年より運営。
BL帯の魅力を発信しているうちにいつのまにかBL研究家に。
フリーライターとしても活動中。
ブログ:coffeewriter.com/
Twitter:@cafewriter