途中のめしが好きだ
途中のめしが、好きだ。
仕事の途中。旅の途中。家に帰る途中。
試験勉強中の夜食も大好きだった。ハムトーストと紅茶とか。それを勉強机で食べるのがたまらなくうまい。
ボクは麻雀をやらないけど、雀荘でカレーライスとか出前して食べるという話を、おいしそうだと思った。つまり遊びの途中だ。
確かサンドイッチも、サンドウイッチ伯爵が、賭け事か何かしながら食べられるようにと考案したと聞いたことがある。まさに途中めしだ。
海外の美術館には、よく館内のカフェやレストランがあって、絵画鑑賞の途中にコーヒーやランチを食べられるようになっている。あれも好きだ。日本の美術館は、いい展覧会があると、おばちゃんたちが大挙していて、入口に大行列。やっと入っても絵の前は黒山の人だかり。ランチどころではない。
途中のめしは、腰が軽い。次があるからだ。
この歳になると、それこそ腰を据えたディナー、フレンチや中華のコースなんて考えただけで胃が重くなる。肩が凝りそうだ。疲れる。
そういうわけで、途中めしのことを書くことにした。
宙づりの街、町田さんぽ
町田。
ここはJR横浜線と小田急線が十文字に交わっている駅だ。ボクは親戚が横浜線の相原にいて、よく町田で乗り換えた。大学時代、音楽仲間の家が小田急相模原にあり、そこに行く時、町田で途中下車して飲んだりした。ボクの先生だった赤瀬川原平さんのニラハウスは小田急線の玉川学園前で、急ぐ時は新宿からロマンスカーで町田まで行って、一駅戻る。
そんな感じで、ボクにとって町田は、目指す地ではなく、いつも途中の街なのだ。
だからそんな町田で、何か食べようということにした。
そして一番に思い出したのが、この「柿島屋」。
馬肉の鍋の店だ。馬肉の鍋というと、森下の「みのや」が有名だが、柿島屋のような江戸情緒とかそういう雰囲気とは、全然違う。柿島屋は「大衆」という言葉がぴったり。
初めて行ったのは二十代の時。小田急相模原の友人に連れてきてもらった。
へー、世の中にはこんな店があるのか。と驚いた。広い店内が、おじさんばかりで混んでいた。細長いテーブルが川の字に並んでいるのが、小中学校の理科室や技術室みたいだと思った。初めて食べる馬鍋は美味しくて、最後にうどんでなく蕎麦を入れるのが面白かった。それから十年に一度くらい行っていて、最後に行った時、教室で言えば先生のいるべきところに大きな液晶テレビが入っていたのが印象的。
僕が初めて来た’80年頃から、町田ほど駅と駅前が変貌した街は、東京でも珍しい。
とにかく都心のデパートや大規模チェーンのビルが、軒並み町田店を出した。
昔はいかにも線路の交差する街といった雑多な、ごちゃごちゃした印象があった。そのごちゃごちゃを越えたあたりの路地のようなところに、柿島屋はあった。ような気がする。また十年ぶりくらいだ。
町田に商業ビルが林立してるのは、横浜線のと北口と小田急線の南口に挟まれた三角形の一区画、原町田という地域だ。ボクはまずそこを避け、小田急線の北口に出て、二つの線が交わるとことを中心に、時計の針と反対周りにぐるりと回って、原町田に入ろうとしてみた。そうしたら、もうこちら側はこう言ってはなんだが、あの繁華街が嘘みたいなどこか閑散としたムード。これから開発されるのか、工事用鉄パイプで囲まれた駐車場が寒々しい。駅のすぐそばを流れる境川も、川幅は広く、堀は深いけど、水量が少なく、どこか寂しい。境川は東京都と神奈川県の県境だ。
横浜線を越えて商店街に抜ける「原町田自由通路」も、妙にややこしくて、人通りが少ない。
ところがここを越えると突然あのビルだらけの駅前繁華街。でも一本裏の商店街には、最近都内では見なくなった荒物屋とか、なぜか干物屋がたくさんあったり、狭いアーケードの「仲見世商店街」があったり、ちょっと昔のいなたい町田が残っている。
古い街だから、思わぬ面白い店がひょいとある
つまり町田駅周辺って、街はでっかいけど、意外にスカスカというか、ムラがある印象。統一感があまりない。だけど、古い街だから、思わぬ面白い店がひょいとある。
その代表がボクにとっては「柿島屋」というわけだ。
駅からわざわざ遠回りして行った柿島屋は、駅から遠くはないが、やっぱりちょっと分かりにくい場所にあった。スマホで調べなければ、全然道がわからなかった。
そして、なんとマンションの一階に入って、すごくキレイで立派になっていた。ちょっとビックリ。前来た時、もうこうなってたかな。隣に別館があったのも意外。
開店4時の直前に行ったら、年配の男性グループが開店待ちしていた。すごい人気。
店は立派だけど、紺の暖簾がどこか庶民的で、親しみやすい感じ。
開店して、中に入ると、おお、ボクの覚えているあの理科室的なテーブルの並べ方が変わってない!広い。天井が高い。先生の位置、というか黒板の位置に大きなテレビ。なんだか嬉しくなる。それがまだガランとしている。
でもその席じゃなくて、大部屋の脇のちょっと出っ張った席に通された。ここだけ4人掛けの卓四つ。窓があって明るく、店の前の緑が見えて洒落てる。
開店前に並んでいたグループは、教室で言えば一番前の席を陣取っている。大常連だろうな。この店通う事20年30年の。どうやら新年会のようだ。いいなぁ、こんな店で新年会。
己のスタイルが完全に確立されている店、柿島屋
まずは瓶ビールを注文。いつもこうした取材は一人で来るけど、この日は編集部から食べ要員の男女が来ていて3人。心置きなくバンバン注文できる。
▲この木製の重量感あふれる配膳車!渋すぎる。
「盛り合わせ」というのをまず頼む。キュウリと枝豆とエシャレットだ。それからどうせだから「馬刺し」を頼む。「ハム」も頼んだ。馬肉のハムだそうだ。食べたことない。
ビールを飲んでいるうちにポツリポツリと客が入ってくる。驚いたのは、男性ひとり客が多いこと。こんな広い店で、テーブルも全て6人掛けの長いテーブルに椅子も背もたれなしの長椅子。当然相席になりそうで、ひとり客は落ち着かなそうだ。ところがこの店では、一人でふらりとやってきた客が、まだガランとした店内のあちこちの長椅子の端に、ポツンポツンと陣を構えている。孤独の馬肉。シブい。
馬刺しが来た。明るいエンジ色が美しい。素人目にも新鮮なのがわかる。
すりおろしたショウガとニンニクとワサビがあり「お好みで」と店員さんが言うので「どれがおいしいですか?」と不躾な質問をすると「肉の味がわかるのはワサビかな」というので、ワサビ醤油で食べた。これが、ウマイ! 今まで食べた馬刺しの中で、一番ソフトで上品な馬刺し。いや、本当においしい。しかも、実はこの席だけ馬刺しも肉鍋も「上」が食べられるんだそうだ。いいのそんなルール? 別に離れでも個室でもないのに。老舗だけ許される不思議な店の法律。
しかし「上」といっても、たっぷりの量この味で1,300円は安いと思う。「並」は900円。お値打ち。
そこにハムが来た。おお、ハムというよりは、しっかりしたコンビーフみたいだ。半月型で3ミリぐらいの厚み。脂は少ない。食べると、ハムより歯ごたえがあり、ちょっとごつごつっとした舌触りが心地よく、噛むと口の中でほぐれる。ビールのアテによい。添えられたマヨネーズをつけて食べてもまたウマイ。
さらに珍しい「きくらげの酢の物」を食べた。白きくらげで、プルプルギザギザの歯ごたえが面白い。さっぱりする。
ビール3本があっという間になくなったので、この店の常連客のほとんどが飲むという「梅割り」に変える。300円。冷やしたストレートの焼酎に、ちょいと梅シロップをたらして飲む。下町の焼き鳥屋なんかにある飲み方だ。焼酎が冷たくて、そこに香りと甘みがついて、これはうまくてまずい! 下手をしたら足元をすくわれる。
いつの間にか大部屋がほどんど客で埋まっている。すごい。男性中年以降客が大多数だが、中年夫婦や、若者一匹狼いる。一匹狼たちはグループ席で、誰かと話すこともなく、黙々と飲み食いテレビを観ている。もう己の柿島屋スタイルが確立されている。かっこいい。
酒飲みでも箸が止まらない絶品の肉鍋
さて、美味しい名物メンチも堪能し、そろそろ鍋だ、と肉鍋2人前を注文。
▲これが肉鍋。生卵につけて食べる。ウマイ!
うおー、黒々した鉄鍋に、赤き馬肉盛り上がり、青き水菜立ち上がり、白き豆腐がはみ出すボリューム。しいたけ人参えのきごぼう白滝。これをそのまま煮込んで、生卵につけて食べる。早い話、関東型すき焼きの馬肉版。酒は、焼酎がスイスイ飲めすぎて危険すぎるので、日本酒の冷酒に変える。ま、これも危険だが。
▲締めの蕎麦。2人前でこの量!スルリと入る。
しかし、肉鍋、よい! 馬肉は脂が少ないので、腹がもたれず、酒飲みながらスイスイ食べられる。酒飲みは、飲みだすとあまり食べないのがよくないが、これはなんだか箸が止まらず、気がついたら鍋は空。で、お決まりの蕎麦をもらう。そしたら「これが2人前ですか!?」という量で、鍋が蕎麦でいっぱいになった。正直残すかと思いきや、これが3人の腹にするする収まった。うどんではこうはいかないのでは。そういえば、前来た時も最後の蕎麦に驚いた記憶がよみがえる。前の時も最後の方は酔っ払って忘れてたのだ。
いやー、ここはいい店だ。そして、途中の駅で、家から遠いのが頭の片隅にあって、完全に酔っ払うことがない。どこか「電車に長く乗って帰るんだぞ、寝過ごしたらとんでもないところまで行くぞ」という、戒めの声が頭の片隅にいつもある。
というわけで、締めの蕎麦でバッチリ締めて、店を後にしたのだった。
途中めしは、腰が軽くて、いいのだ。結構酔っ払ったけど。
紹介したお店
柿島屋
住所:東京都町田市原町田6-19-9
TEL:042-722-3532
営業時間:平日/16時~22時
土・日・祭/12時~21時
ラストオーダー:閉店30分前
定休日:毎週水曜日
http://www.kakijimaya.com/
著者プロフィール
文・写真・イラスト:久住昌之
漫画家・音楽家。
1958年東京都三鷹市出身。'81年、泉晴紀とのコンビ「泉昌之」として漫画誌『ガロ』デビュー。以後、旺盛な漫画執筆・原作、デザイナー、ミュージシャンとしての活動を続ける。主な作品に「かっこいいスキヤキ」(泉昌之名義)、「タキモトの世界」、「孤独のグルメ」(原作/画・谷口ジロー)「花のズボラ飯」他。著書多数。