山菜採りや魚釣りを趣味にしている捕食系ライターの玉置です。
山や海に訪れて、季節ごとの食材を採取して食べる。最高に楽しいですよね。そんな私の心をグッと鷲掴みにしてくれたお店を紹介します。
その店の名は「郷土料理ともん」。料理に使用する旬の山菜やキノコ、さらには源流に潜む渓流魚などを、自然の中で自ら採取してくるというこだわりの店なのです。
▲最初にいっちゃいますが、季節ごとに何度も行きたくなる、とても個性的な店でした。
▲常連である友人夫婦(写真の方ではない)と合計3名、料理はお任せでお願いしました。
郷土料理ともんは東京都に面した埼玉県入間市にあり、最寄駅は西武池袋線の入間市駅。さらに駅からは1キロ弱と、会社帰りとかにふらっと行くのは難しい場所かもしれませんが、この記事が琴線に触れたという方は、万難を排してでも訪れる価値があると思います。
▲中央がご主人の戸門秀雄さん、左が奥さん、そして右が息子の剛(ごう)さん。
釣り好きが始めた趣味の延長線の店、それが郷土料理ともん
──まずはお店の成り立ちから教えていただけますか。
「僕は渓流釣りが好きでしてね。そこからスタートしちゃったんですよ。
山に行ってると、当然山菜やキノコって密接じゃないですか。釣りを通して知り合った山のおじさんおばさん達が手伝え~って。それでこの世界に入っていっちゃってね。どうせ商売するなら、こういう向きでやりたいなと思いまして、このスタイルで初めて今日に至るんです」
──その気持ちはわかります。でもそういう店をやりたいって思っても、実際はなかなかできないですよね。オープンしたのはいつ頃ですか?
「昭和51年の春からだから……何年目だろ。え、玉置さんの生まれ年なの? 今年で42歳? じゃあ42年目。僕は数字が苦手なんだけど、今後は玉置さんに年齢を聞けばわかりますね。私が24歳になる直前にこの場所でスタートしたの。最初の1年は母に手伝ってもらって。家内は開店した翌年に縁があって、ちょっと手伝ってくれましてね。そのまま永久就職してもらいました」
「ふふふ。こんなはずじゃなかったんですけどね」
「僕が今34ですから、今の僕よりも10歳も若い時点で始めているんですよ」
──23歳で店を持ち、40年以上もこうして同じスタイルで続けているっていうのはすごいですね。
「おかげさまで遠方からもたくさん来ていただけています。でも高校の頃は考古学を志していて、在学中から発掘に参加したり、そんなことをやっていたの。旧石器を担当させてもらっていたのね。高校卒業後はその調査が始まると嘱託職員として声が掛かって、それ以外はアルバイトをしていました。でもそれじゃ今後食っていけませんし、すっぱりと諦めました。
それでかつて旅をしていたとき、今のともんみたいに、釣り好きの親父さんがやっている店が全国にいくつかあったんですよ。そういう店をやろうと、長野の松本にある小さな店にお世話になったり、山のおばちゃんから山菜料理を教えてもらったり」
「そんな父から僕は英才教育を受けたんですよ。家族旅行といえば山か川。だから人の多い場所よりも、人の住んでいない世界に行くのが好きですね。和食の店で5年間修業して、2011年にこの店に入りました」
▲戸門秀雄さんは専門の本を何冊も出されている、釣りと山菜とキノコのプロでもある。
──ところで「戸門」の読み方ですが、店名は「ともん」なのに、お名前は「とかど」さんなんですね。
「お客様商売をするにあたって、『かど』があっちゃいけいないと、読み方を変えて『ともん』にしたんです」
「これはお客様からよく聞かれますね。もう少しいわれがあると思っていた人が多いんですけど、あーそう、くらいの話なんです」
季節によってガラッと変わる自然の恵み
──この店で出している、季節ごとの食材を教えてください。
「春はやっぱり山菜ですね。まず3月半ばから標高の低い場所で採り始めて、新潟とか雪国のものが4月の半ばくらいから。ゴールデンウィーク前後がピークですね。山菜は雪の多い場所のものがおいしいんですよ」
「山菜を採る場所は、親父から口伝で教わったり、自分が渓流釣りで見つけたり。フキノトウはここ、コゴミはここ、コシアブラはここって、ぐるっと一回りして収穫します。3月からは渓流釣りが解禁になるので、イワナやヤマメも始まりますね」
▲この日に用意された旬の山菜。山の宝石箱やー!
▲最初に出されたのは、わざと厚く剥いた皮でつくる、ヤマウドの皮のキンピラ。
▲コゴミ(左)とアブラコゴミ(右)。どちらもアクのない山菜なので、茹でただけでも美味しく食べられる。
▲そして圧巻の山菜10種盛り。内容は季節によって変わってくるが、この日のラインナップを「己」の順に紹介すると、カタクリの葉、カタクリの花、シオデ、ワラビ、オオイタドリの芽、ミツバアケビの新芽(通称木の芽)、ヤマワサビ、フキノトウ味噌、ニセアカシアの花、フジの花。
「それで夏になるとアユを投網で捕るの。渓流釣りは息子に任せて。僕は66歳ですけど、体がだんだんフィットしてくると、アユよりも早く動きますよ。台風次第ですが9月いっぱいか、10月半ばくらいまでですね」
「投網って投げたらゆっくり回収するイメージだと思いますが、アユの泳ぐような場所は流れが速いので、すぐに網が流されちゃうんです。だから網を打ったら人間もドーンと飛び込んで、網を上から抑えるんです。66歳とは思えない動きですよ。キノコはヤマドリタケとかタマゴタケが夏に出てきて、9月頭になるとマイタケなどが始まり、9月後半にはだんだんとシメジ類も出てきます」
「この頃はアユ、渓流釣り、キノコと忙しいですね。こうなるとお昼の営業は臨時休業しちゃうことが多いです。常連のお客さんは暖簾が出てなくても、『あれ、どっかいってんな』って次の機会を待ってくれますが、山の恵みって待っててくれないんですよ。もうそっち優先」
「山菜は場所を選べば、まだ収穫の時期をちょっとずらせますが、キノコは一斉に出ますから。去年なんか僕は週5、週6でキノコ採りにいって、夜は夜でお店をやってました。ただ、親父には『昔の俺はもっとすごかったぞ』っていわれますけど」
▲秋には貴重な天然舞茸がでることも。写真提供:郷土料理ともん
「11月の声を聴くと、ハヤやヤマベといった寒雑魚(かんざっこ)がおいしくなるの。イワナやヤマメが終わった後でも、当地では1月一杯まで捕ることが出来ますから、それを狙いにいきますね。昔は雑魚串っていって、捕ってきたものを焼いて串に刺して、商品にしていたんですよ。それがこの辺に伝わる魚食の食文化だったんですが、高齢の方がだんだんと亡くなっていくので、今は投網などを受け継いで自分で捕っています」
──寒雑魚ですか。それを食べられる店は食文化的にも貴重ですね。
▲戸門秀雄さんの著書より。平成6年の写真とは思えない雰囲気だ。
「渓流釣りだと息子とか若い人たちもいますが、こういう寒雑魚を捕るような世界にいくと、私もまだ小僧っ子なの。若造扱い。今でいうパシリで、先輩のために車をまわしてあげたり、魚籠を持ったり。それが楽しいんだよね。みんな一見頑固なんだけど、腹を割れば優しいんですよ」
──66歳が若手の世界!楽しそう!!
▲源流で釣ってきたイワナの塩焼き。盛り付けもまた見事!
▲今となってはとても貴重な寒雑魚の甘露煮。
▲マタタビの味噌漬けがまた酒に合うんだ。
「僕は晩秋にナメコをとったあと、狩猟免許はないのですが、猟師さんと一緒に狩猟に参加して、シカやイノシシを追い掛けます。その肉を分けていただき、お店で出すんです」
──一年を通じて、まさに旬の味が楽しめるんですね。でもお店で出すだけの量の食材を集めるのって大変じゃないですか?
「保存用に塩蔵する山菜とかもあるでしょう。どれくらいの量があると安心だなっていうラインがあって、これでワラビは大丈夫だな、コゴミは足りるな、ウドはまだ足りないなって、毎年ハラハラしています。家内はお金が貯まるよりも、山菜がちゃんとあったほうが嬉しそうな顔をするよねって」
「この人はお金よりも山菜やキノコの方が大切なんですよ」
「まあでもね、なくなったらなったで自然相手に無理強いしてもしょうがないので、そのときはハイ終了でいいかなって。それが山の恵みだと思っています。山菜の塩蔵方法は会津の方々からを習ったんですが、保存食なんでB級品を使いたくなるじゃないですか。でも細いワラビに塩をしたら、旨味が全部出ちゃってワラみたいになっちゃう。ふくよかさのある良いものほど保存した方がいいんですね。会津で習った塩加減が埼玉の夏に対応できなくて、一年分をパーにしたこともあります。場所場所に応じて塩の加減を変えなきゃいけないんだなって勉強になりました」
▲山菜がたっぷりと入った豚のモツ煮。贅沢な山菜の使い方!
▲天麩羅の盛り合わせは、左上からヤマウド、ネマガリタケ、コゴミ、ヤマブドウの葉、サワアザミ、タラノメ、ウワミズザクラの花、コシアブラ。みんな違って、みんなうまい。
▲栽培物とは味と香りの鮮烈さが違うヤマウドの酢味噌。
▲山菜とキノコがたっぷりと入ったセリ鍋は、よその店ではなかなか食べられない名物料理だ。
来年、再来年を見越して、必要な分だけ収穫する
──さっきから種類の豊富さと品質の良さ、そしてそれを生かす調理法に圧倒されていますが、こういった山菜はどういう場所で採るんですか?
「今日のものは新潟ですね。今はそこら辺のものを勝手に採っていい時代ではありません。父は渓流釣りを通して40年来山に通っていますから、そのおかげでいくつかの集落で繋がりがあり、ともんさん親子ならいいよ、とお許しをいただいてます」
「山の幸とかは無尽蔵っぽく思えるんですけど、すべて限りがあるもので、採っても大丈夫な限度があります。だから『余してとる』って先人たちがいっているんですけど、山と長くお付き合いできるように、コゴミだったら新芽が10本あっても3本まで、タラノメだったら一番先の芽だけといった採り方をするの。来年、再来年を考えた、地元の人と同じ採り方。思いやりが一番大事だよね。そういうのをわからないでよその人が山に入るから、集落の人の目もきびしくなっちゃうんです」
「昔はちょっと山菜をとったくらいじゃ、誰も何もいいませんでした。でも今は、届かない場所のコシアブラをとるために木を切ってしまうような人もいるんです。そんなことをされたら、よそ者は来るな!ってなりますよね」
▲山を知り尽くしていないと出会えない極太のコゴミ。一株から2~3本だけ収穫することで来年もまた採ることができる。写真提供:郷土料理ともん
──そういうルールをしっかりと守っているから、何十年採っても山の恵みはなくならないし、集落の方とも仲良くできるんですね。
「特に里山の恵みは、集落の人ありきです。親父からは『お前は若くて体力があるんだから、一番奥まで行って採れ。入り口のものは土地の人にとっておけ。絶対に採るな!』って言われています。なかなか自分で山菜を採りにいけないご高齢の方も多いので、コゴミなんかをたくさん採ったら、どこそこの沢で採らせていただきましたって置いていくんです。『あそこの沢においしいのがあるのは知っているけど、もうそこまでいけないからねー』って喜んでくれますよ」
「昔は山の人達に収穫を手伝ってもらったこともあったんですが、今は世代も変わりましたからね。道の駅とかでも売っていますが、採っている人が本当に分かっているのかという心配もある。たまにニュースになりますが、間違えて毒キノコだったり毒草が混ざっていたら怖いですから。山菜やキノコは自分たちで探して、採ったもので回しています」
「ただゼンマイだけは、茹でたり干したりする加工が大変なのと、それがおじいちゃんおばあちゃんの貴重な現金収入になっているので、信頼している方から買わせていただいています」
──水槽にイワナが泳いでいますけど、もしかして川で釣った魚を生きたまま持って帰るんですか?
「塩焼きなんかでその日の夜に出す分は締めて持ってくることもありますが、基本は生きたままですね。だから腰にぶら下げるような魚籠には入れられないので、釣った魚をネットに入れて水中に沈めながら川を登っていって、帰りに回収するんです。ただ30匹釣れたからといって、それを全部持って帰る訳ではありません。それじゃ沢の魚が絶えちゃいますから。塩焼き用に5匹欲しいとか、骨酒用に大きいものを1匹もらおうとか、サイズを揃えて必要な分だけ持ち帰ります。その生かすための水が重いんですけどね」
▲戸門親子は大手釣り具メーカーと一緒に渓流竿の開発などもしているそうです。写真提供:郷土料理ともん
「今はまだいいですよ。電池式のブクブク(エアーポンプ)はあるし、水を冷やす氷もコンビニとかで買えるでしょう。昔は魚が元気だから跳ねているのか、断末魔で暴れているのか、運転中も心配でしょうがなかったんだから。晩秋から春先の禁漁期間中はどうしても養殖物になりますが、シーズン中はよっぽどのことがない限り天然物でクリアしちゃいますね」
▲弁慶と呼ばれる串刺しスタイルで保存されている、カジカの焼き干し。
▲それに熱燗を入れて飲むカジカの骨酒がうまいんだ。
天然と養殖の味の違いは?
──これだけの手間を掛けても自分で食材を採取することにこだわるということは、やっぱり天然物が、栽培した山菜やキノコ、養殖した魚よりも美味しいからですよね。今日の料理も野性味が濃くて素晴らしかったです。
「皆さん勘違いしがちなのですが、天然のものが養殖のものよりも絶対にいいのかっていうと、全然そんなことはなくて、天然の中にも上中下があります。うちでは出しませんが、変な天然なら養殖より落ちます。やっぱり天然は個性がありますよね。養殖のものは良くも悪くも平均の味。今の方には養殖や栽培のほうが食べやすい食材が多いんじゃないかな。旬よりも早く出せるので、ベターだとは思うんですよ」
「日本料理の世界は早生(わせ)、先取りの精神。正月を迎える前にフキノトウを出したりしますから。お客様が望んでいることなので、それが悪いということでは全然ないのですが、雪の下でじっと春を待って、ようやく出てきたものとはやっぱり味が違います」
「冬の間っていうのは、人間の舌とか頭がボーっとしているじゃないですか。だから『春の料理には苦味を盛れ』っていう言葉があるように、フキノトウとか木の芽のインパクトで、だんだん目覚めていくんです。うちの料理を食べると、ちょっと驚く人もいます。うわ、苦いって。でもこの味に慣れてくれると、私が今まで食べていたものってなんだったんだろうってなってくれますね」
▲山菜十種盛りに入っていた、目が覚める苦さの木の芽(ミツバアケビの新芽)は新潟県民の大好物。普通はウズラの卵の黄身と和えて食べるが、ともんではあえてそのままの苦みを楽しむスタイルで出す。
▲締めは焼きおにぎりをいただきました。
▲けんちん汁もしみじみうまい。
「よく材料費がタダでいいね!なんていう方もいますが、高速代にガソリン代、そして労力を考えると、買った方が絶対に安いんですけどね。我々は楽しみながらやっているというのが前提です。この店の規模で、親子でやっているからこそできるスタイル。若いころはお金を出すから東京でやってよっていう声も掛かりましたが、お断りさせてもらいましたね。築地で仕入れてお店をやるっていうのが、僕には想像もできない」
「まだ今は両親が元気だからいいですが、僕の代になって、すぐにつぶれるようなことがないようにがんばらないと!」
▲もちろんメニューもありますが、せっかくなら予算と要望を伝えてのおまかせコースを予約するのがおすすめです。
▲夜が更けて暖簾を下げてからも、同行いただいた友人と店主の釣り談義は続きました。
自分でも少しは山菜やキノコを採るのでわかるのですが、そのまま食べられる自然の恵みというのははほとんどなく、ゴミをとったりアクを抜いたりといった手間もまた大変です。それでも40年以上出し続けてられているというのは、本当にこの商売が好きだからなんでしょうね。
まだ食べたことのない食材や調理法が多数あり、ただの食事以上に価値のある有意義な時間となりました。
紹介したお店
郷土料理ともん
住所:埼玉県入間市春日町1-3-2
TEL:04-2962-2507
プロフィール
玉置標本
趣味は食材の採取とそれを使った冒険スペクタクル料理。週に一度はなにかを捕まえて食べるようにしている。最近は古い家庭用製麺機を使った麺作りが趣味。