アラサー銀座OLのやままです。
銀座勤めだと話すと「おいしいものがたくさんあっていいね」「ランチには困らないでしょう」なんて社交辞令でよく言われます。おいしいもので満ち溢れているのは確かですが、毎日1,000円超のランチを食べに出かけられるほどお金持ちではありません。
でもそれが、500円のミックスフライ定食だったらどうでしょう。毎日でも通ってしまいそうです。
銀座の一等地で愛され続ける老舗とんかつ店「不二」
扉に立つイケメンたちで話題になったアパレルブランド「アバクロンビー&フィッチ」がある銀座6丁目交差点。写真右手の建物が、明治時代初期に福澤諭吉が提唱して創られた日本最古の社交機関・交詢会(こうじゅんかい)がある「交詢ビル」です。だから通りの名前は「交詢通り」。
そんな歴史ある通りを少し歩くと、左手に袋小路が。
「ザ・銀座」とでも言うべき色香漂う店名が刻まれた行燈の中に、凛々しい「とんかつ 不二」の屋号が輝いています。
昭和2(1927)年、現在の店主・糸賀不二男さんのお父様が洋食店としてこの地に創業。洋食店時代にカツレツを提供していたこともあり、世代交代した昭和45(1970)年、「とんかつ不二」としての営業をスタートしたという老舗なのです。
松坂屋跡地にそびえ立つ「GINZA SIX」をはじめ、めまぐるしく姿を変えていく銀座という場所で、昭和のモーレツ時代、昭和から平成にかけてのバブル時代、その崩壊とともに訪れた不景気……激動の時代の主人公たちの胃袋を支えた「不二」の店内には、懐の深さというか、ちょっとやそっとでは揺るがない、何かを超越した空気を感じます。
座席はカウンター席を中心に15席ほど。BGMはなく、ホールを担当する女性スタッフさんの声と、お客さん同士のかすかな話し声、そしてご主人がフライを揚げる調理音が聞こえるのみです。
せかせかした気持ちと空腹を携えてお店に入るのですが、カウンター席に座ると不思議と気持ちが落ち着いていきます。「慌てたところでうまくいくモンじゃないぞ」「メシ食うときくらい、仕事のことは忘れろよ」……そんな風に、肩をポンとたたかれた心地。
メニュー表に踊る文字がまた、我々勤め人を励ましてくれるのです。銀座は交詢通り沿いという一等地で、とんかつ定食がたった950円(夜は1,000円)!!
「銀座のとんかつは高級品」のイメージを見事に覆すミックス定食
とりわけおすすめなのが、13時から15食限定で提供されるワンコインランチ「ミックス定食」です。銀座で500円だなんてジョークじゃないかと思ってしまいますが、これだけ大きく書かれているのだから、マジです。
これで500円ポッキリです!!!
注文が入ってから揚げるミックスフライは揚げたてサクサク。その日によってラインナップは異なるようですが、この日はひれかつ、チキンかつ、小エビのフライ2つにキス1つという豪華な顔ぶれが揃いました。
とんかつやフライの定食には十人十色の食べ方がありましょうが、「不二」に来たからにはソースの魅力に存分に溺れてほしいのです。
はじめて「不二」を訪れた日に私がいちばん感動したのは、甘酸っぱくてとろみのある、この独特なソースの味だったかもしれません。とにかく、「いわゆるとんかつソース」とは一線も二線も画すのです。とんかつにかけても、エビフライにかけても、うまい。
ソースを皿一杯にだくだくにかけるのも一興ですが、私はキャベツにかけていただいています。キャベツの水分とソースが絡み合い、少しシナっとしたら、それをサクサクのフライに乗せて口の中へ!
上あごから舌に向かっては、甘酸っぱいソースを纏ったキャベツの千切りの味わいが楽しめ、下あごから舌に向かっては、とんかつのサクサク食感と肉のうまみが楽しめる。咀嚼をするとその両方が交わり合い、至福の時間に。
このソースがおいしすぎるものだから、白いごはんの上で弾ませてからいただくのも楽しみのひとつ。
たまには、キャベツなしでソース×かつの相性を感じてみるのも良いものです。
そうこうしているうちに白いごはんはどうなっているかというと……
(あまり美しい写真ではありませんが、「みんなのごはん」読者さんは共感してくださると信じて公開!)
白くなくなっています!(当たり前!)
この写真を見つめているだけでお腹が空いてきます。このソース、本当に万能です。ごはんにかけてもおいしい。
キャベツ丼にしたっていい。


フライがたくさんあって、ソースがおいしくて、ごはんが進んで進んで仕方がありません。大盛り(+50円)やおかわり(+200円)の誘惑に負けそうになりますが、午後のスケジュールと相談しながらにしないと仕事中に睡魔が襲ってくるのでご注意を。
こんなに堪能させてもらって、本当に本当に500円です。信じられません。感謝しかない。
ひそかなおすすめ「夜の魚フライ」
「不二」には3大名物があります。言わずもがなのリーズナブルな「とんかつ」、そして前述の「ミックス定食」、そしてもうひとつが「魚フライ」。開店時間の11時半から限定15食の「魚フライ定食」が550円で提供されるとあって大人気です。
ただし争奪戦になってしまうので、私が魚フライを食べるのは決まって17時からの夜の部。


夜の魚フライ定食は900円ですが、これを「単品」かつ「おかず大盛り」でオーダーします。
「単品」とはその名の通り「揚げ物のみ」の意です。ごはん・味噌汁・お新香なしで200円引き。そして「おかず大盛り」は「不二」の画期的なオプションオーダーで、たった100円を足すだけで、揚げ物の量を増やしてくれるのです。
基本の「魚フライ」はアジ・キス・サケに日替わりの旬の魚1種の4点盛りですが、「おかず大盛り」にするとこれが5点になる。上記写真のとおりのボリュームでたった800円!ここ、銀座7丁目ですよ!?
この日の日替わりのお魚はサンマとカレイでした。かぶりつくと脂がじゅわっと染み出るサンマフライに、淡白なカレイの対照的な味わい。心もお腹もいっぱいになりました。
とんかつ調理現場に潜入!
こんな具合でしばしばお邪魔しているのに、基本の「とんかつ定食」をいただく機会が少なかった私。今回の取材に際し、改めていただいてみようと思いました。
特別に厨房に入らせていただくことができたので、調理の様子も併せてお届けします。
ロースかヒレか、悩みましたがロースにしました。今回は通常サイズにしていただきましたが、もちろんここでも「おかず大盛り(+100円)」にすることができます。魚フライのときは1品追加されますが、ロースかつの場合はお肉が少し大きくなるそうです。
下ごしらえをしたら、160度の油の中へ。じっくり揚げてよく火を通してから、隣の180度の高温油で揚げて仕上げていきます。
揚げる時間はお肉の厚さや大きさ、その日のコンディションなどによって左右されるため「何分」という決め方はできないそうです。菜箸で持ち上げたときの重さやご主人の長年の感覚で調理されていきます。
しっかり油をきったら、すぐにカット。サク、サク、という音を聞いたらお腹が鳴りました。
これが、「不二」の看板中の看板メニュー「ロースかつ定食(昼:950円、夜:1,000円)」です!
ちなみに金曜日だけ、味噌汁がスープに変わります。ほのかな生姜の風味がやさしい。
最初のひときれは、シンプルにソースだけをかけていただいてみました。
使われているのはサツマイモを餌にしている「いも豚」。淡泊な味わいのなかにかすかな甘みがあるお肉は、不二オリジナルソースとの相性が抜群。まろやかな脂も、ソースが加わることでキュッと味が締まる印象です。
とんかつの味は「ソース」で決まる
せっかくなので、長年抱いていた「不二のソースはおいしすぎる」という想いをご主人に告白してみました。すると
「とんかつの味はソースで決まると思っているんだ」
とご主人。かねてから、とんかつ屋さんで使われている辛めのソースに違和感を抱いていたそうです。お父様からお店を引き継いだころ、店の主として、先代とは異なる独自性を出すべく、オリジナルソースの開発に研究を重ねたのだとか。
お客さんから「このソース、売ればいいのに」なんて言われることもあるそうで……やっぱり、揚げたてのおいしいとんかつと「不二ソース」の相性にみんな心奪われているんですね!
この武骨な、ゾウのようなソースのポットがまた、いい味を出しているんです。注ぎ口からポットのお尻のほうにすぐにソースが垂れてしまうのが、なんともかわいい。
ご主人の「安心して食べてほしい」という想い
改めて書いてしまいますが、「とんかつ不二」のメニューはとにかく安い。昼だけでなく、夜も安心価格。「これが銀座価格?」と、いつ来てもたまげてしまいます。
「親父が“たまには銀座で安く食べられる店があったっていいじゃないか”って、手ごろな価格で料理を出していてね」
お父様のポリシーを引き継がれていたんですね。
とはいえ、原材料の高騰も続いていますし、値上げやメニューリニューアルのチャンスはあったはず。いまなお、たった1,000円でいただけるとんかつ定食やランチタイムの500円定食などを提供しつづけるのはなぜなのでしょう。
「やっぱり、安心して食べてほしいからかなあ」
銀座OLをしている私はちょっと涙ぐんでしまいました。なんてありがたいんだろう。
銀座といえば休日のショッピングや夜の接待などでお馴染みの場所、つまり多くの人にとって「ハレの場」です。だから2,000円以上するランチだって、「せっかく銀座に来たんだから」と言いながら、みんな嬉々としていただくのです。
でも我々サラリーマンにとっての銀座は「ケの場」。日常です。毎日毎日贅沢な昼ごはんなんて食べていられません。ほとんどが持参弁当かコンビニ惣菜をデスク前で食べる日々です。安く手軽にお腹を満たすことはできるけれど、それだといまいち気分転換ができないんですよね。
たった500円でいただけるランチ定食。残業中の気分転換に、1,000円で心とお腹を満たしてくれるとんかつや魚フライ。
私が初めて「不二」を訪れたのは、ちょっと仕事で落ち込んでいたときのことでした。上司に連れられて魚フライ定食を食べ、なんだか妙にほっとしたことを覚えています。
その当時は奥様がご存命で、厨房のご主人とホールの奥様の息の合った連係プレーが、見ていてとても心地よかった。「おまちどおさま」と言いながらフライが盛られたお皿を差し出してくれる奥様の声は、つい「お母さん」と呼びたくなってしまう優しさを帯びていました。
今はご主人とお手伝いの女性の方が切り盛りされている「不二」ですが、癒しのパワーは健在です。とんかつといえば「必勝に向けた縁起物」という印象がありますが、不二のフライは「喝」というより「がんばれよ」という優しい励ましをくれるんです。
ご主人の「安心して食べてほしい」という言葉を聞いて、「不二」のフライのあたたかさの理由がやっとわかった気がしました。
懐は寒いけれどお腹がペコペコなお昼どきや、残業中の自分に気合いを入れたいとき、銀座7丁目の「とんかつ不二」さんの暖簾をくぐってみてはいかがでしょうか。じわっと元気が湧いてくるはずです。
ご紹介したお店
とんかつ不二
住所:東京都中央区銀座7-6-4 GINZA HITビル1階
TEL:03-3571-0795
営業時間:昼 11時30分~14時 夜 17時~20時30分
定休日:土日祝
※掲載された情報は、取材時点のものであり、変更されている可能性があります。
著者プロフィール
85年生まれのアラサー銀座OL。今のところ独女です。人生の楽しみは食べること。”食べものエッセイスト”を自称し、ブログ「言いたいことやまやまです」にて食べもの関連記事を公開中。好物はスーパーの総菜コーナーの白身魚フライと、料理の汁に浸した白米ORパン。お酒はハイボール&焼酎派です。
ブログ:言いたいことやまやまです
Twitter:@やまま